第7話 「名残りだらけの、この部屋で」お題・名残り

 ソファを掃除していると、隙間すきまに詰められていた何かを発見した。

 ボールだ。むと音が鳴る、おもちゃのボール。

 掃除の手を止め、ソファに座る。

 そうして手の中のボールを見ていると、うっかり涙があふれ出した。

 

 そうだ。キミはボールが好きだったね。

 そして、このソファも。

 私がここでくつろいでいると、このボールを持ってきて、遊ぼう、と誘ってきた。

 けれど、君はもういない。

 十六年生きた末、眠るようにってしまった。

 犬としては大往生だろう。

 だけど私の胸には、大きな穴が開いてしまった。

 君という犬の形をした、大きな、大きな穴が。


 ペットをうしなったら、その穴はペットでしか埋められない、とか言った、誰かの言葉を思い出す。

 確かにそうなのだろう。でもまだ、今は無理だ。

 この部屋には、君の名残なごりが多すぎる。

 未だ掃除中に出てくる、君の毛。ひげ。おもちゃのボール。

 今はまだ、それらに浸って泣いていよう。

 君の名残だらけの、この部屋で。

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どこにも行けない物語・七編(2023年文披31題) 明日月なを @nao-asuzuki

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