エピローグ──ドアノッカー
『不撓の塔占拠事件から今日で一ヵ月。
警察と自衛隊の協力により、現在では滝飛沫イクサ容疑者により配布された銃火器の大部分が回収されました。それでもまだ散発的な発砲事件が続き、周辺住民は不安な日々を過ごしています。
警察では不審な銃火器を発見した際には速やかに届けるよう……』
テレビに映るリポーターが原稿を読み上げる様子を、電源ごと遮断。
双馬ジンは空になったカップラーメンを机の上に置くと手を合わせる。
「ご馳走様でした」
慣れない所作も、一月繰り返せば様になる。
ゴミ箱へ空容器を放り込むと、修理済みの青のブレザーへ袖を通す。非常事態に用いた後は見た目に変化がなくとも一旦持ち込むよう購入時に言われていたが、着心地に関して差異は分からない。
そして机に立てかけてあった白鞘を掴み、刃先を僅かに外気へ晒す。
「……」
照明と窓越しの太陽。
二つの光を直に浴びた白刃は真紅の瞳を反射し、錆の一つも見せることなく健在を主張した。
使用に不安がないことを確認すると、刃を鞘へ収納。腰へ括りつける。
イクサの端末から既に過去の顧客情報は抜き取っていた。アレでマメな部分があるのか、取引した銃火器の種類に応じてリストアップされており、逐一型番を調べる手間を除けば条件に該当する人物の識別は容易であった。
条件。即ち、イクサと八年前に拳銃の取引を行った人物。
「流石に現住所は書いてなかったが、ま、そこはゆっくり詰めていくか」
日用品の販売とは話が違う手前、流石に八年前から継続的に関係が続いている相手というのも少ない。だが、それは条件がある程度絞られることを意味する。
決意と共に右手を握り締めると、思考を遮るチャイムがリビングに響き渡った。
朝の早い時間帯にわざわざ足を運ぶ者に一つ思い当たる節があり、ジンの頬は自然と引きつった。
「まさかな……」
フローリングの廊下を歩く最中、どこか確信めいて抱いた感覚を否定する言葉を吐く。が、玄関で待ち受けていたのは、彼の確信を裏切らぬ少女であった。
「おはよう、ジン君」
「ヒ、ヒナワ……」
紫の髪を左右に伸ばし、母親が世界的に有名なブランドのモデルを行っているというのも頷ける整った顔立ち。男子用の青のブレザーを着用し、下半身にはスカートと左右で長さの異なるストライプカラーの靴下。やや低い背丈を補う厚底ブーツから視線を上げれば、そこでは宝石のように輝くターコイズの瞳が真っすぐに少年を見つめていた。
小首を傾げ、ヒナワは眼前の少年へ話しかける。
世間話の如く、腰に携えたホルスターを殊更強調するように。
「それで、今日はどこを探るの?」
「……」
「ねぇ、師匠?」
玄関の境という都合で発生した高低差を活かし、少女は下からジンを見上げる。既に彼女が年上だと把握していても、細かい所作が妹を思わせるのは何故だろうか。
イクサとの騒動解決後、ヒナワはこれまで以上にジンと行動を共にすることが増えた。
当初は配信の数字稼ぎかと冷めた目線を注いでいた。が、後に配信ではなく純粋に経験を見習う師匠として付き添っていると聞き、今では邪険にし難いのが本音である。
不撓の塔での戦いを筆頭に助けられたこと自体は事実であることも、ジンの複雑な心境を後押ししていた。
「……はぁ」
嘆息を一つ、幸福を逃がす。
これが賞金首を狙った活動ならばまだしも、今から赴くのは私的な復讐。
無関係なヒナワを巻き込むことには抵抗があった。
「なぁ、俺がやろうとしてるのはお前とは関係ねぇことなんだわ。分かったらさっさと回れ右してカメラの前にでも帰れ」
追い払うジェスチャーを加え、ジンはわざとらしく嫌らしい表情を浮かべる。
尤も、イクサと直接対峙する程に強情な彼女がこの程度の態度で翻意するとは露ほどにも思えなかったが。それでも、何もせずに唯々諾々と同行を許すよりは幾分かマシであった。
現にヒナワは頬を膨らませて抗議の意を伝える。
「むー、生配信は当分する予定ないもん。今日は純粋にジン君を助けたいだけだもん」
「はぁ……分かったよ。連れてきゃいいんだろ」
諦観を多分に含んだ溜め息を吐くと、ジンは頭を掻いて視線をシューズラックの上へ。
そこに飾られているのは穴が空き、血が微かに付着したベレー帽。生前、シンカが最期に着用していた帽子であった。
もしも事件が起きずに成長していれば、お前も眼前に立つ少女のような我儘になっていたのか。
頭を振って脳裏に過った思考を追い出すと、ジンは視線をヒナワへと合わせる。
「ただし……」
「ついて来るからには俺の指示に従え、勝手な行動は取るな。でしょ、もう聞き飽きたよ」
「それだけ言っても不安なんだよ、お前の場合は……」
靴を履き、帽子を被るとジンはヒナワの待つ玄関の先へ歩む。
そして境を跨ぐと、玄関がゆっくりと閉じられた。
白刃演舞の少年譚 幼縁会 @yo_en_kai
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