最終話 もふもふと幸せな暮らし

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ひと月後。


「んんっ! このお肉、すっごく美味しいわ!?」


「そうでしょう、そうでしょう」


 ふふんと誇らしげなダーナンを尊敬の眼差しで見つめる。


「お城の生活でだって、こんなに美味しいお肉食べたことないわよ? 一体なんのお肉なの?」


「こいつはキラーウルフです。魔獣の肉はそんじょそこらの高級肉なんかよりよっぽど美味うまいんですが、お堅い王族の方々は魔獣ってだけで忌避きひしますからね」


「…………ダン、あなた……西の国へ買い出しに行く途中に、私の作った結界路を出たのね?」


 じとりと睨むと、ダーナンは首をすくめて気まずそうに頭をかいた。


「あー、その……ちょうど結界路のすぐ脇に、群れからはぐれた個体がいたもんで……」


「もう! 無事だったからよかったようなものの、もし何かあったらどうするのよ! この森の魔獣は騎士が十人がかりでやっと倒せるかどうかなんでしょう!?」


「……俺はと言われた男です」


「んもうっ!!! ……いいわ。無茶をした罰として、今夜は『もふもふの刑』です」


「なっ……! そりゃあティナ様がなさりたいだけでしょう!?」


「そうよ、悪い!?」


 つんとそっぽを向いて言い放つと、ダーナンの苦悩するようなうめき声が聞こえた。




「さっ、男らしく腹をくくりなさい!」


「………………っはぁぁ」


 ベッドに向かい合って座ったダーナンが、渋々とシャツを脱ぐ。

 天井から差す月明かりにさらされたのは、全面をふさふさの体毛に覆われた筋肉質な身体。


「わーい! もふもふーっ!」


 熊のような巨体に全身で抱きつくと、びくんっと大きく巨体が弾んだ。

 すりすりと頬ずりすれば、見た目に反してやわらかな毛質がもふもふと肌を撫でる。


「本当に熊さんみたいね。もふもふだわ」


「〰〰本物の熊の毛皮なら、先日獲ってきたでしょう!」


「あれはゴワゴワしてダメだったわ。ダンの毛並みのほうがよっぽど気持ちいいもの」


 私を抱き止めたまま、ダーナンはごろんと仰向けに寝転んだ。


「普通の人間は、毛並みなんて褒められても喜びませんからね……」


「ダンは?」


「…………」


 もふもふに頬を埋めながら、指先でくりくりと毛をもてあそぶ。


 寝つきのいいダーナンの返ってこない返事に代わり、力強い鼓動だけがドコドコと耳を叩き続けた。



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 半年後。


「ダン、見て見て!」


 狩りから戻ったダーナンに、硬貨大の小さな球体を見せる。


「なんですか、こりゃあ? 光って見えますが……ガラス玉?」


「ねえ、あなたどこか怪我はない?」


「えーと……ああ、さっき獲物の解体中に小指の付け根をスパッとやっちまいましたね」


 そう言って左手をこちらに見せる。


「わっ、痛そう……。じゃあ、その傷の上でこの球体を潰してみて?」


「はぁ……」


 右手の親指と人差し指で球体を摘まみあげたダーナンは、言われるまま傷口にかざすようにして球体を押し潰した。

 球体は呆気なくパリョンと壊れて消え、中の光が傷口に降り注ぐ。


「……は?」


「どう!?」


 えへんと胸を張る私とを数度往復したダーナンの視線は、最終的に私に向いて止まった。


「治癒魔法、ですか?」


「そう! 治癒魔法を弱い結界の中に閉じ込めてみたの!」


 もう一つ差し出せば、ダーナンは大切そうに摘まみあげて陽にかざした。

 透き通った球体は陽の光を乱反射して、二人の頭上にきらきらと光の雨を降らせる。


「綺麗なもんですねぇ……。まるで天からの祝福だ」


「本当に綺麗……」


「……これも『独自の改良』ってやつで?」


「ええ。街で売れないかと思って!」


 意気揚々と答えると、ダーナンは困ったように首をかしげた。


「金のことなら心配いただかなくとも、魔獣の毛皮や魔石、薬草なんかを売った儲けで十分すぎるほど足りてますが?」


「……私だって薬草摘みだけじゃなく、もう少し役に立ちたいんだもの」


 今は生活のほとんどをダーナンに頼りきりなので、もっと私も生活維持に貢献したかったのだ。

 だって、二人の生活なのだから。


「あのね、名前も考えたの! 『ちゆボンボン』なんて可愛くないかしら!? 千切れかけの腕くらいまでならこれで治せるのよ。噛んで飲めば、ちょっとした病気なんかも治るし。私が死ねば解除されてしまう魔法だから、『長期保管はできません』って言っておく必要があるけれど」


「そんなら向こう五十年は保ちますね」


「え、でも……」


のことは、俺が一生お側でお守りするんで」


 きょとんと目を瞬く。

 ダーナンが、自分の言葉でみるみる顔を真っ赤に染めていたから。


「——ふふっ。ちゃんと一生側にいてね、ダン!」


 そう言って抱きつくと、ダーナンは夕日よりも真っ赤に燃えてビシリと固まってしまった。


「ダン? ダーナン? ………………『もふもふ』していてもいいかしら……」






 幸せに暮らす二人は知らない。


 翌年の聖魂の儀で、王国の結界が格段に力を弱めたことを。

 とある貴族と最高位神官が投獄され、投獄をまぬがれた新聖女もまた、連日倒れる寸前まで結界への魔力供給を余儀なくされていることを。



 幸せに暮らす二人は知らない。


 魔獣の森に踏み入って、命からがら逃げ帰った聖女捜索隊の数を。

 そのなかに、廃嫡はいちゃくされた元王太子によく似た風貌の男が交ざっていたことを。



 幸せに暮らす二人は知らない。


 結界のほころびによる魔獣被害に耐えかねた農民たちが武器を手に、『害意を持った人間を通さない結界』の消えた王城へと押し寄せることを。



 幸せに暮らす二人は知らない。


 西に送り続けた捜索隊にスパイ疑惑がかけられ、良好であった王国と西の国との国交に亀裂が入ったことを。

 衰退していく王国を、小競合こぜりあいの絶えない東の国が虎視眈々こしたんたんと狙っていることを。



 ——買い出しの途中、変装したかつての同僚たちを見かけたダーナンは、懇意こんいにしている噂好きの店主に聞いただけだ。

「隣の王国軍のお偉方がうろついているようだが、キナ臭い状況なのかい?」と。





 ちゆボンボンの売り上げが棚に収まりきらなくなった頃、どこかで元気なうぶ声が上がることを知るのは、今はまだ静かなネモフィラの海だけ——。





      —— 完 ——




————————————————

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございました!


王道要素を盛り込みに盛り込んだ今作品。

少しでも面白かったと感じていただけましたら、☆や応援?などいただければ幸いです!

ご感想もものすごーく嬉しいです!٩( ᐛ )و


また他作品でもお会いできますよう☆

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偽聖女の汚名を着せられ婚約破棄された元聖女ですが、『結界魔法』がことのほか便利なので魔獣の森でもふもふスローライフ始めます! 南田 此仁 @nandakonohito

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