第1話

「ぷはぁっ――」


 日差しの差すプール。

満たされた水がキラキラと光を放つ。


水面から身体を持ち上げると、至る所から――

ぽつぽつと水滴が零れ落ちた。


「はい、これ」


プールサイドに居たのだろう、帆鳥ほとりは私の姿を認めるや否や、スポーツドリンクを手渡してくれた。


「ありがとう」


そのままキャップを回そうとする。

でも手が湿っていて、中々これが難しい。


「ごめん、パス…」


帆鳥に渡すと、すぐにキャップを取ってくれて。


「はい」


「サンキュ」


再び受け取り飲み口を見る。

中には――飲みかけの薄く濁った液体。


二口、三口――とあおると、たちまち喉の渇きは癒されて。


「もう練習終わり?」


「うん。今日のところは」


そう言うと帆鳥は目を輝かせた。


「ね、それじゃこの後、アイス食べ行かない?」


「アイス?」


「そう。駅の近くで素敵な店、見つけたんだ」


誇らしげに胸を反らす彼女。

――水着が、その曲線美を浮き彫りにして。


「……うん」


情欲がうねりを打つ。

幾重にも連なる波間のように。


蝉時雨が、やけに煩く聞こえた――。



―――――――――――――――――――――



「ふぅ、お腹いっぱい…美味しかったね」


「うん」


 夕暮れの道を歩く。

空を見上げれば、掴めそうな雲の連なり。


人はいないのに、夏の喧騒は鳴り止まない。

ひたすら虫たちは騒ぎ立てていて。


二人きりのこの瞬間――。

余計に、虫の声が鬱陶しいんだ。


「…奈摘?」


「ん?」


ふと、声に振り向く。


「あ、いや…なんか難しい顔、してたから」


「…そう?」


私は努めて明るく振る舞った。


「いや、ごめん。やっぱ気のせいかも」


「……うん」


「なんか――奈摘って結構、ミステリアスなところ、あるというか…」


「え…私?」


「そうそう」


帆鳥が嬉しそうに頷く。


「気付いてないかもだけど、奈摘さ…結構男子に人気あるんだよ?」


「へぇ…」


「へぇ…って、リアクションそれだけ?」


「うん」


「えぇーっ」


彼女は、心底意外だ、という反応で。


「嬉しくないの?」


「嬉しくない、というか……興味がない」


「ええっ?まさか――」


突然大声を上げる。


「『実は女の子が恋愛対象です!』…とか?」


「――え?」


「な、なんてウソだよ…冗談冗談」


「……」


「意外と真に受けるタイプなの?奈摘は…」


「…ははは、そうかも」


――風が、吹き抜ける。

髪を撫でるような心地良さ。


気付けば、帆鳥の家の前まで来ていた。


「それじゃ、また明後日ね」


「……うん」


……。


「……あのさ、奈摘」


「うん?」


「…ありがとう」


「え――?」


彼女の眼差しが私を捉える。


「ほら…その…私、ここに来るまで――友達なんか出来たことなかったから」


…友達。


「楽しくて。毎日が」


そう言って彼女は、笑みを浮かべた。


「…また今日みたいに、アイス一緒に食べられたらな、って思って」


「……うん」


――友達。


「また行こうよ、明後日の部活帰り」


「…いいの?」


「もちろん。だって、私たち――

――友達でしょ?」


嚙み締めるように、言う。

私は友達。君はそう言ってくれた。





でも、知ってるよ。





――君が、私に隠しごとをしてるって。








































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君のすべてを傷付けられたら ShiotoSato @sv2u6k3gw7

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