第10話 最高の結果を

 真ん中に着いた頃には先程までのほとぼりは冷め、エフィートが独占していた視線全てがこちらに注がれる。


「──……フゥー……」


 ──いざこの場に立ってみると、やっぱり緊張するな……。


 さっきまでは傍から観客気分で眺めてるだけでよかったが、そうも言ってられなくなった。

 視界に入る全ての人間の視線が自分に向けられていて、全身を針で突き刺されているような錯覚に陥る。


 そして、嫌でもここにいる全員を納得させる程の実力を見せなければならないのだと理解する。


 ──……できるだろうか?俺に。


 ──いや、違う。やらなきゃならない。


 頬を手で叩き気合を込める。


 ──よし、周りの気を引くなら第一印象からって誰かが言ってたよな!


 手を前に突き出し、腹の底から声を張り上げて詠唱する。


「火の神よ!凄艶饗宴せいえんきょうえんたる業火を我が物とし、其れこそ生命いのちを呑み下し、万物を根底へと落とす惨絶の象徴たれ──」


 四節の詠唱──上級。


 途端、突き出した手のひらに吸い寄せられるようにして膨大な量の魔力が腕を伝う。



 ──すると、体から何か重要な熱が損失したような感覚。


 本能で理解する。

 このままじゃ──足りない。



 そう思うや否や、無詠唱の応用で全身を血液と共に巡る魔力を根こそぎ持ってきて足しにする。


 膨大ともいえる魔力が手のひらに集まり発動が確定した瞬間、ふと思う。


 ──あぁ、今日の俺調子良いかもしれない。


「──おいッ!?誰かあの子を止めーー」


 観覧席に座った貴族たちが有り得ないほど膨大な魔力を本能で感じ、にわかに騒ぎ始める。


 ──うん、俺もこれはやりすぎだと思う。でも……ごめん、もう完成しちゃった。


「──【尽炎】ッ!!」


 瞬間、大量に収束した魔力は静かに燃える黒炎に姿を変える。


 そしてそれは主の定めた標的を焼き尽くさんとその鎌首をもたげた。



 訓練場のおよそ半分が鈍く輝く黒炎に呑まれ、観覧席は狂乱に包まれる。


「──ッ!────ッ!!」


 耳をつんざくほど大きな悲鳴と怒号があちこちから聞こえてくる。



 その後の貴族たちの動向は綺麗に二分化された。


 我が子を心配する者と──そうでない者。


 観覧席の最前列に鎮座していた二組の貴族夫婦のうち、片方の夫婦は身を乗り出してまで自分たちの息子の安否を確認しようとした。

 しかし、もう一方の夫婦──いや夫は、自分の妻すら捨て置いて、この現場の誰よりも早く、いの一番に逃げ出した。



 炎の収まった頃、そこに残ったのは炎の燃える前と比べて何ら相違無い訓練場の姿であった。

 しかし、そこには唯一異なる点がある。


 ──人型を模されていたはずの的が灰すら残さず消え去っている。


 不思議なことに、あの膨大な熱量の炎は周囲に発散することなく標的のみを焼き尽くしていた。


 炎の収まった中で、熱気は感じなかったものの視覚的に圧倒された子供達の目には涙が溜まり、やがて嗚咽となって吐き出される。


 そして子を心配していた親たちも、子供の一応の無事を確認して安堵する。




 ──しかし、その中でも驚愕に目を見開く者が5名。


 それもそのはず。

 先程まで子供たちの拙い……言い換えれば伸び代のある魔法を評価していたはずだったのに、突然熟練の魔法使いでも放てないような大魔法が目の前で発動されたのだ。


 審査員の一人であるイシュ=ノート=フェルンもそのうちの一人であった。



 ──上級……?


 イシュにとって、今目の前で起こったことは到底容認できるものでは無かった。


 何故ならそれは魔穴を最低でも3級まで拡張しなければ魔力の補給が間に合わず、詠唱を唱えきることすら叶わない魔法使いにとっての到達点。

 自分ならばここに居るだけあってもちろん撃てるが、それは今までの経験の賜物である。

 たかが5歳程度の、それも人間に撃てていいものじゃない。


 脳内を様々な思考が巡る中、イシュはひとつの結論に到達する。


 ──この子、マジの天才だ……!


 齢5歳にして素晴らしい拡張適性を持ち、なおかつそれをモノにしている。

 それは到底本人の努力次第で変わりうるものでは無い。


 これが4、5級程度だったなら『わー凄い、10年に一度の天才さんだ〜』くらいで済んだのだが、3級以上となると前例すらない。


 それほどまでに4級と3級の間の壁は厚い。

 なんせそこには上級を扱えるかどうかの差があるのだ。


 中級と上級はレベルが違うというのは万人承知の常識であり、くつがえることの無い事実である。


 それを誰よりも身近に体感してきたという自負があるからこそ、イシュは少年と自分の才能の差を理解する。


 ──私はそこまで行くのに20年掛かったのに。


 ──羨ましい。


 ──妬ましい。



 湧いて欲しいと望まなくても、とめどめなく溢れ出てくる自身の醜穢しゅうわいな感情。

 

 今まで誰と比べても優秀だったイシュにとって、それは生まれて初めて感じる未知で気色の悪いものであった。


 しかし、自身を蝕むように沸き立つそれとはまた別に揚々と沸き立つもうひとつの感情を自覚する。


 それは自身の欲深さから来る嫉妬とは完全に異なるもの。



 絶え間なく湧くそれに遂には耐え切れなくなり、咄嗟に名前を付けて思いのまま叫ぶ。


「──すっごいわくわくするぅぅう!!」



 審査員席のど真ん中。

 ひどく退屈そうにしていた宮廷魔法使い筆頭の肩書と少し尖った耳を持つ幼女は目の前の机を思い切り叩くと共に立ち上がる。

 その気怠げだった瞳は今、真っ直ぐと一人の少年に向けられこれでもかと輝いていた。

 

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転生公爵様はどうやら身内の七光りがお嫌いなようです。 樹亀 @A4si

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