第4話 窃盗事件

「無いっ、無い!」


 財布が無くなっていることに焦っている様子の桜井くん。あの様子から見るに財布はバッグにしまって入学式に参加していたのですね。まさか盗む人がいるとは思いもしないで……


「1回席についてくれるか」


 野次馬のように群がる生徒たちを落ち着かせるために、千草ちぐさ先生はクラスメイトたちに席に座るよう促した。先生の指示とあっては無視できないので全員がしっかりと席へと戻る。


「入学式が始まる前にバッグに財布が入っていたのは間違いないんだな」

「……」

「はい、間違いないと思います」


 財布が無くなってしまって頭が真っ白になってしまった桜井くんの代わりに、桜井くんの前の席に座っていた日暮勇気ひぐらしゆうきが答えた。


「何故、日暮がそのことを知っているんだ?」

「桜井が言っていたからですよ。これは母親の形見だから現金は入っていないが大切なものだって」


 お金を取られた以上にショックを受けていたように思えた理由はそれでしたか。肩身の財布が無くなったとなったらショックを受けてしまうのも無理はありませんね。


「犯人捜しはしたくない。もし盗ってた人がいるのなら名乗り出てくれ」


 この場で名乗り出るようなものなら最初から盗むはずがありません。予想通り誰一人として名乗り上げてこなかった。


「しょうがない、緊急だが荷物検査をさせてもらう」

「「え~」」


 当然のようにクラスメイトたちから嫌がる声が上がる。大した物を入れていないとしても自分の荷物を見せるというのは抵抗がありますが、疑われるのは嫌なので大人しく従うことにしましょう。


「安心してくれ、中身をチェックするのは私と持ち主本人だけでいい」


 そう言って先生はまず桜井くんの周りの人たちからチェックを始めました。ただ隙を見て他の所に隠さないよう釘を刺され、荷物は机の上に置いておくことになった。

 1人、また1人と荷物検査をしていく。しかし、一向に桜井の財布は出てこない。荷物検査を終えた子たちの顔には安堵の表情が浮かび、対照的に残りのメンバーたちからは不安な感情が窺える。何をそんなに焦っているんだか、盗んでいないなら私のように堂々としていればいいのに。


 この騒動が始まってからクラスメイトの様子を観察しているが怪しい様子を見せる者はいない。半分以上の検査が終わっても財布が出てこないことで、自作自演を疑う人もいるみたいだけど、桜井くんの様子からそれはないと思う。あそこまでの演技が出来ていたとしたらお手上げだが、さすがにそれは深読みしすぎ。誰かが盗んだのは間違いないこと。


「荷物見せてもらってもいいか?」

「はい、構いません」


 1つ懸念点があるとしたら、これが仕組まれたものである場合。私を退学させるために、私のバッグに財布を入れたということも想像できなくないことだ。


「筒路美のバッグにも入っていないようだな」

「ふぅ……」


 どうやら仕組まれていなかったようでホッとした。逆に仕組んでくれていた方が犯人を特定しやすかったかもしれないけど、疑いが向けられなかったのは良かった。桜井くんや、湯本さんみたいに全員が目の敵にしているわけではないことを知ったけれど、それでも敵の方が多い。責め立てる人が多ければさすがの私でも切り抜けるのは容易じゃない。


 残り数人となったところで心奏ちゃんの番となった。誰一人として、彼女が盗みを働くなど思ってもいないだろう。


「なんで……」


 心奏ちゃんのバッグの中から出てきたのは、彼女の財布とは思えないような古びた財布。一年代上の世代がもっていそうな物。


「違います、わたし盗んでなんか……」

「桜井、この財布であっているか?」


 心奏ちゃんが何か言いたそうにしていたが、千草先生は彼女の言葉を遮り、桜井くんに確認を求める。


「そうですこれです」


 どうやら桜井くんの財布は心奏ちゃんのバッグにあったらしい。財布が出てきたいや、犯人が見つかったことで教室が湧きだす。


「あんな大人しい子が?」

「え、なんでそっち……」

「嘘でしょ?」

「見た目では判断しちゃいけないってことか」


 湯本さん、日暮さんなど桜井くんの周りの席にいたこと達がまず驚きの声を挙げ、徐々にクラス全体へと広がっていく。


「待ってください。わたし財布盗ってはいません……」

「お前のバッグから財布が出てきたんだからそんなの嘘に決まってるだろ!」


 必死に弁明する心奏ちゃんを大きな声で威圧するのは、児玉岳人。ガラが悪そうでいかにも不良っぽい。何故こんな人がこの学園に受かっているのか不思議だ。


「金城、話は職員室で聞く。着いてきてくれるか?」

「でも、わたし本当に……」

「早くそんなやつを連れて行っちまえよ」

「そうだそうだ」


 何故ここまで彼女を責めるのか。確かに財布は心奏ちゃんのバッグの中にあった。だけど、本当に彼女が盗ったのだろうか? 彼女は自己紹介から分かる通り、人見知りだった。自分の席から動いていた気配もなかったし、いつ桜井くんのところに行ったのだろうか?


 どう思考を巡らせても、心奏ちゃんが犯人だとは思えない。間違えて入ってしまった? いや誰かに仕組まれた? でも心奏ちゃんが?


 窃盗をなれば良くて停学、最悪の場合退学となる。そういった意味では誰かを退学に追い込めるというのは効果的だ。だけど、それならもっと優秀そうな人にやるはず……そうどうせなら私にやるはず。

 そうか、そういうことか。だから私のバッグではなく、心奏ちゃんのバッグに財布が入っていたのか。


「信じてください……」


 誰も心奏ちゃんに手を差し伸べない。どうするこのまま放っておけば、今の心奏ちゃんは何も言えずに退学になってしまう。

 犯人の目星もなんとなくだけどついている。だけど、間違っていた時には非難が殺到するだろう。そのリスクを背負ってまで心奏ちゃんを助けるメリットはあるのだろうか。


「ミツバさん」


 泣きそうな目で私に彼女は助けを求めてきた。その顔を最後に部屋から彼女は先生に連れられ部屋を出ようとした。


「待ってください」


 心奏ちゃんは私のせいで巻き込まれた。なら、私が無実を証明してあげなきゃいけない。


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2024年12月13日 07:01

卒業すれば20歳で政治家になれる学園。容赦ない試練と刺客に挑みます。 宮鳥雨 @miyatoriame

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