第3話 事件発生
「ミツバさんって凄い人なんだね」
「え?」
その言葉で私は意識を取り戻した。気づけば入学式はとっくに終わっていて、いつの間にか教室へと戻ってきていたようだ。
「凄いというのは何のことかな?」
「そりゃ、さっきの宣戦布告でしょ」
からかう材料を与えてしまったらしい。褒めてくれた女子生徒にくっついてきた男子が腹を抱えて笑っている。
そのような光景を見て、怒りよりも平和だなという感情がまず浮かんできた。もしこんなところをボディーガードにでも見られていたら、この男はすでにこの世にはいなかっただろう。こうして相手の命を考えずに話すことができるというのはこの学園を選んで良かったと思える点だ。
「驚かせてしまってゴメンなさい。つい、ムキになってしまって……」
「ミツバさんが謝ることはないって。あんなことを言われれば誰だって傷付くよ」
「それな、わざわざ口に出して言う必要ないのにな」
「それなんのフォローにもなっていないからね」
少し心が晴れた気がする。あの壇上へ立った時、全員が私を狙う敵かと思ってしまったが、どうやら私のことを理解してくれる人もいるみたいだ。
「それでそれで、ミツバさんってやっぱり本気で総理大臣になりたいと思っているの?」
先程の宣戦布告の内容に興味津々なようで、
「あ、俺も俺も。やっぱり総理の娘だけあって、昔からそういう風に育てられてきたのか?」
「もちろん、私はより良い国にするためには国の一番上に立つのが手っ取り早いと思っていますから当然総理を目指すつもりです。だから父に言われたから目指すわけではなく、私自身が目指したいから頑張っているのをお忘れなく」
この学園に例え入学していなかったとしても、私は総理になる道を模索していたと思う。ただ5年も早く被選挙権を手に入れられるのはやはりこの学園の強みですね。
「へ~、やっぱりミツバさんて凄いな~」
「そうですか?」
「そうだよ。私なんて授業費が無償なことに釣られて受けただけだったから。そんな明確な目標なんてないんだよね~」
「え? ここを受験した人は全員が総理を目指してるんじゃないんですか?」
私は目を丸くする。てっきりここにいる人たちは全員総理大臣になりたい人たちで溢れていると思っていただけに驚いてしまった。
「確かに狙っている奴らは多そうだけど、俺みたいに程々な地位で満足する奴らもいるからな。高い地位にはつけなくても継続して選挙で選ばれるぐらいが良いって感じでな」
なるほど、それでこの人たちは私に対して敵対心がないのですね。逆に言えば、私に敵対心を向けている人たちは総理の椅子を狙っている人たちであると。分かりやすくていいですね。
私の中で1つの確証が生まれた頃、教室の扉が開き、1人の先生らしき女性が入ってきた。
「そろそろHRを始めるから席に着け」
どうやら担任の先生のようだ。黒髪のロングヘア―で、年齢も20歳と言われても信じてしまうぐらい若く見える。
「じゃあミツバさん、またね」
2人の席は私と真反対に位置しているので、遠くへ行ってしまう寂しさを覚える。ただ私の寂しさとは対照的に2人は周りの席の子たちとも仲良さげに話せていて羨ましい。いいもん、私も早く心奏ちゃんと仲良くなるんだから。そう思い、心奏の方に顔を向けると思いっきり顔を伏せられてしまった。
人見知りで思わずそうしちゃっただけだよね……、私が嫌われているわけじゃないよね……。心に深いダメージを負いつつも、担任の先生と思しき人が話し始めたので、意識をそちらに向けた。
「これから1年間このクラスを担当する、
黒板に名前を書く四宮先生。凄く綺麗な字で書かれていてとても見やすい。9年間小中学校に通ってきたがここまで字を書くのが上手い先生は初めてだった。
「それでは、この学園の仕組みについて話していこうと思う。まずは支給された携帯を取り出してくれ」
支給された携帯とは、今朝この学園に到着した時に配られたものだ。使うには学園からのセキュリティの解除が必要みたいで今朝は使うことが出来ず、みんなバックの中へしまっていた。
机のフックに掛けたバックを取ろうとした時、不自然に天井を見上げる九重くんが目に入った。
「何を見ているの?」
先生の指示に従わず、まっすぐボーっと天井を見ていた彼のことが気になってしまった。
「いや、天井についている装置みたいなの何かなって?」
「装置?」
天井を見上げれば、彼の言うとおり装置が設置されていた。
「火災報知器じゃない?」
「火災報知器ならあっちにもある」
指を差された方を見れば確かに同じような機械が設置されていた。火災報知器があれなら、彼が最初に見ていた装置はなんなのでしょうか。気になってしまいますが、それは後にしましょう。今は先生の指示通り携帯を取り出すことにします。彼にそのようにするよう伝えて私はバックに手を掛けました。
「あの……」
声を掛けられた方を見ると、心奏ちゃんがバッグを持ってこちらを見ていた。
「どうかしたの?」
「これウチのバッグ……じゃなかった。筒路さんのではないですか?」
「え? あ、ホントだ」
バッグは生徒全員同じものが支給されているので、見た目では誰のか判別はつかない。中身を見ることで初めて自分の持ち物であることが分かります。
バッグを開け中を覗くと私の持ち物が入っていたので、心奏といつの間にか入れ替わっていたのでしょう。いったい、いつ? と思考を巡らせる。
そういえば、入学式前に九重くんが私たちのバッグに引っかかって落としてしまいましたね。その時入れ替わってしまったのでしょうか。
「ありがとう。心奏ちゃん」
「勝手に中を見てしまってすみません」
「別に大したもの入っていないから大丈夫ですよ」
私は彼女にお礼を言い、バッグを交換する。今度から一目でわかるように目印をつけてた方が良さそうですね。
色々ありましたが、私はようやくバッグの中から携帯を取り出し、先生の指示を聞こうとしました。
「無いっ、無い!」
慌しい声が左の方から聞こえたため、クラスメイトたちの視線が同じ方向に引き寄せられました。声の主は先程まで一緒にお話ししていた桜井くんでした。彼は慌てながらバッグの中身を全て取り出し、バッグを逆さにして縦に振っていました。
「どうかしたのか?」
桜井くんのおかしな様子に担任の先生も心配な様子で尋ねると、
「俺の財布がないんです」
どうやら事件の発生のようです。
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