後編
「それはそうと、私への
幼女の姿をした悪魔、キスキル・リラは俺の両目をじっと見つめたまま言った。
「用意をすることも知らなかったのね、困ったご主人様。でもあなたは運が良いわ。私はちょうど退屈していたのよ、あなたの血、甘くて魅惑的だったわ」
気がつくと、彼女は俺を取り囲む魔法陣のすぐ側まで近付いていた。どうやら魔法陣の中には入れないようで、物欲しそうに
「あなたの血をあともう
俺はその時、彼女に魅了されていたのかもしれない。魔法陣の円を書き足した時と同じように、うっかり左手首を魔法陣から出してしまった。
彼女は、俺の手首を左手で力強く
幼女の悪魔はまるでミルクを
「待って、待って!」
手を引っ込めようとしたが、
「待って、離して! キスキル・リラ!」
彼女は血を啜るのをやめ、パッと手を離した。急だったので、俺は勢いよく頭を地面に打ちつけた。
後頭部をなでながら、起き上がると、彼女は微笑んでいた。
「契約成立ですね、ご主人様」
俺のまわりを取り囲んでいた魔法陣から、赤い光が消えた--その代わり、左手親指の付け根に、赤く光る、見慣れない文様が現れた。指輪のようにぐるりと取り囲むと、赤い光は
微笑んでいたかに見えたが、彼女の目は
「先ほど名前がよく聞き取れなかったの。もう一度名乗って下さる?」
気のせいか、少し言葉に
「タレット、です」
引け目を感じて、俺は自分の名前を小声で言った。すると、
「……もう、タラットなのかターレットなのか知らないけど、タラタラしてるんじゃないわよ!」
彼女は急に強い口調で言い放った。
「私に上着でも掛けてあげよう、という優しさは無いのかしら」
俺は慌てて、着ていた薄手の
「心配しなくても、今すぐ取って食らおうだなんて思っていないから」
今すぐ、という言葉に引っかかりながら、俺は悪魔から離れた。急に恐怖が背中を冷やして、彼女と目を合わせられない。しかし、こちらをじっと見つめているようで、痛いほど視線を感じる。
「こんな幼子の姿じゃ、大した力は使えない。あなたにもっと魔力があるか、生贄となる人間を差し出せば、はじめに見たあの姿で使役できるけど……」
「今の姿のままで結構です」
「そう? ところで、この魔法陣はあなたが一から描いたものでは無さそうね」
俺のまわりにあった魔法陣は、
「俺は見習い剣士なので、魔法は使えません。」
「……自分では気がついていないだけで、あなたは魔法も少し使えるのよ。そうで無いと、私を召喚出来なかったわ。まあ、だからこそ、こんな
すみません、とまた言おうとした俺の口を、小さな手が
「
「……分かりました」
「分かればよろしい」
知らないうちに、幼女と目を合わせて話していた。彼女の赤い瞳は、最初に見た時よりも少し赤みがさして見える。
「実はまだお腹が空いているの」
そう言った彼女は、見かけ通り、幼く可愛らしい表情をしていた。困った。悪魔が食べる物はよく知らないが、血を啜る様子から、簡単に用意できる物じゃ無さそうだ。
「タレットの血は美味しいけど、これ以上飲んだら倒れてしまいそうだから、遠慮してあげる。誰か美味しい肉か
何とでも無いように話しているが、やはり悪魔だ。俺に用意できる物は限られている。
「常温のトマトジュースなら、菜園ですぐ用意ができます」
俺がそう言うと、彼女は上着でしっかりと自分の体をくるんでこちらに近づいてきた。そして俺の胸に背を預け、
「私のことは普段、リリィとでも呼んで。さぁ菜園に行くわよタレット! あなたの血を飲んで、余計にお腹が空いたの」
無邪気な子猫のように丸くなった。
すっかり忘れていたが、午前中の授業は完全に欠席になりそうだ。
俺は肩に剣のホルダーを引っ掛けると、幼女の姿をした悪魔--キスキル・リア改め、リリィを抱いて、菜園へと向かった。
「あなたの最初の願いは、友人を作ることにしたらどうかしら。私、血より臓物の方が好きなの」
俺とリリィの出会いは、こうして始まった。
【つづく……?】fin.
『臓物とトマトジュース〜幼女悪魔が俺に懐くまで〜』 ヒニヨル @hiniyoru
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