『うっかり一本線を書き足したら、幼女の悪魔を召喚してしまいました』

ヒニヨル

『うっかり一本線を書き足したら、幼女の悪魔を召喚してしまいました(前編)』

「死者を呼び出したことは? 悪鬼あっきしたがえたことはあるのかしら?」

「……ない、です」


 目の前の幼女は、俺の言葉にハァ↓とため息をいた。

 俺は今、卵からかえったばかりの幼女に尋問されていた。おさない容姿ながらも、なぜか話し方、仕草には不釣り合いなほどの威厳いげんを感じる。

 彼女は腰までありそうな金髪で、体の上と下の大事なところを隠しながら、淡い赤色の瞳でこちらをにらみつけた。


「私がこんなに見すぼらしい姿で召喚されるなんて……」

「申し訳ございません」


 ただただ謝るしかなかった。返す言葉もない。俺は見習い剣士の中でも落ちこぼれで、学校の中でも影の薄い存在だ。そんな俺に召喚されて、さぞ不愉快だろう。


「まあでも、しょうがないから名前くらいは聞いてあげる。名乗りなさい」

「タ……レット」

「たーらっと?」

 彼女は声を荒げて聞き返した。強い口調の人は苦手だ。ついいつもの癖で小声になる。

「タレットです」


 こんな状況におちいった経緯を話す前に、まずは今朝の、というか俺の日常を少し聞いて欲しい。



 俺は今年の春から、この剣と魔法を学ぶ"王立学校"に入学した。国王が、敵国や魔物と戦う力をより多くの民に授けるために作った学びの場所で、年齢や身分を問わず入学することができる。

 たが実際のところは、実力が抜きん出る者やお金持ちの貴族による階級カーストが出来上がっていて、実力も家柄もない俺のような落ちこぼれは、上級国民たちにイジメられたり何かとコケにされる。


 先生たちも貴族に強く言えない人が多く、俺は度々、鞄をひっくり返されたり、授業で使う剣や防具を隠されたりしていた。

 そう、今朝はそのせいで、一時限目の授業に出られず、このままだと二時限目もその後も休まなきゃいけなくなる。


「いつもなら、教室の窓の外や花壇を歩けば見つかるのに……」


 行く当ても無かったが、周りを見渡しながらとぼとぼと歩いた。


 今日は幸い、鞄の中身は机の横でひっくり返されただけで済んだが、剣と防具が無い。隠されないようにできれば常に帯剣しておきたいが、学校の規則で、教室のロッカーに置いて寮へ戻ることになっている。

 それに……、

「学校で使う物は、全て兄貴が買ってくれたものだし」

 裕福な生活を送っていたわけではないから、病気がちな父に代わって、働き者の兄貴が稼いでくれたお金で買ってくれたのだ。兄貴の気持ちを無駄にはしたくない。


 知らないうちに、学校の中でも一際人気ひとけのない場所に着いていた。ここには王立学校を創立した初代国王の像が飾られている。近くにある古臭い倉庫には、普段あまり使わない道具が収納されていて、先生たちもほとんどこの場所には来ない。


「あ! あれは……俺の防具!」


 倉庫の扉の前に、踏みつけられた跡のある額当て、手甲が落ちていた。


「良かった! あった!」


 汚れてはいるが、使うのに支障は無さそうだ。俺は胸をなで下ろした。ホッとしたのも束の間、

「剣が無い、この近くにあると良いけど……」

 扉のあたりには落ちていなかったので、倉庫のまわりを探してみることにした。


 いつ建てられたものかは不明だが、倉庫の壁は年季を感じる色褪いろあせた煉瓦れんがでできていた。窓の鉄格子には伸びて何十にも絡まりあったつたが巻きついている。

「すごい雑草だな」

 倉庫の周囲は、胸の高さにまで達するほど成長した雑草が生い茂っていた。何年も、だれも足を踏み入れた形跡が無さそう--と思ったが、草むらを奥に入ったところが凹んでいるように見えた。


「あそこに剣を投げたのかも」


 俺は二限目の授業に出ることをあきらめて、倉庫の片隅を草むしりすることにした。



「ふう……結構むしったぞ」

 額にうっすらかいた汗を手の甲でぬぐった。ここまでくれば、後は草むらに手を突っ込んで取れそうだ。俺は頭と右手を使って背の高い雑草の束を押さえると、左手をその間に突っ込んで地面を探った。

「痛っ!」

 左手に痛みが走った。へびか何かいたのかと思って、咄嗟とっさつかんで後ろに投げると、それは人工的に片面が鋭利に削られた鉱物のようだった。

「誰だよ、こんなところに危ない物を……」

 切れた親指をめると、しぶしぶまた左手を草むらに突っ込んだ。

「この辺かな……あった、きっとこれだ!」


 やっと見つけた自分の剣を草むらから引っ張り出すと、俺はその場に座り込んで、大きなため息を吐いた。幸い、剣は鞘に収まったままで安心した。

 それにしても、毎日毎日、こんな調子じゃ嫌になる。もう剣士なんてあきらめて、家に帰りたい……そう思いそうに、何度なった事か。


 木陰からのぞく空を見上げた後、俺はふと足元に目をやった。

「ん? これは……魔法陣?」

 草むしりに夢中で、全く気がつかなかった。俺のまわりをぐるりと囲むように、何か文字と印が刻まれた円が地面に描かれている。ただ一箇所いっかしょ、円の端が途切れているようだ。


 その時俺は何を思ったのか--何も考えていなかったかもしれない。見えない何かにいざなわれるように、そばに落ちていた短い枝を左手に持つと(本当に不思議だが、俺は普段右利きだ)再びしたたり落ちてきた俺の親指の血と共に、円の途切れた箇所に一本線を書き足していた。


 円が完成したその瞬間、俺の周囲が赤く発光した。俺がびっくりして後退あとずさりしようとすると、耳元で知らない男の声がしたように感じた。


 --その魔法陣から出てはならない。


 俺の魔法陣から、一筋の赤い光が正面に流れる--その筋が地面をうのと共に雑草が燃え消えて--もう一つの円を描き出した。地面に描かれた円から、複雑な古代文字のようなものが柱状にあふれ出す。

 何か出てくる……俺は固唾かたずを飲んだ。


「私の名はキスキル・リラ。夜のとばりまとう悪魔」


 白くなまめかしい肌と、足首までのばされた美しい金髪。背中から生えた猛禽類に似た翼で顔と体をおおっている。尾てい骨からは、先端がさそりの尾のようにとがったものが垂れていた。


 ただその姿はほんのひと時だけだった。

 あたりに茉莉花ジャスミンに似た香と花びらを放つと、悪魔の姿はパッと飛散した。先ほどまで悪魔がいた場所で、コトンと音がして、俺はそちらに目をやった。


 そこには両手で抱えなければ持てない大きさをした黒い禍々まがまがしい卵が落ちていた。

「何だ……これは」

 卵がピシリ、ピシリと音を立てて割れ始める。小さな子供の左手が現れたかと思うと、中から薄赤い瞳を持つ幼女が現れた。その姿は、先ほどひと時の間に見た、あの悪魔を幼くした姿にそっくりだった。


「死者を呼び出したことは? 悪鬼あっきしたがえたことはあるのかしら?」


 ここで、ようやく話の冒頭に戻る。悪魔は俺の姿をめるように見つめて、俺が返事をする前から、明らかに落胆の表情を浮かべていた。



     【後編へ】

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