死神は嘲笑う

死神は嘲笑う



「君たちは、その行為は罪だと理解しているのかい?

時を遡り、江戸時代では心中はとても重い罪だとされていた。

心中によって死んだ男女を弔うことは許されなかった。簡単に言えば、心中を図った男女は人間あつかいをしないというのが幕府の方針だったからだよ。


今話したのは、昔の話だが、今の日本でも心中は殺人罪に当たるよ。


この話を聞いても尚、君たちは生きるという選択ではなく、心中を選ぶのかい?」



黒い手袋をつけた若い男は、唇に指を当てながらそう口にする。

だが、男の表情は真剣に説得している雰囲気などではなく、どこか面白そうに、この状況を楽しむかのように笑みを浮かべていた。


男の言葉に二人の男女は言葉なく、意思を伝えた。その様は言葉で伝えるより強く、彼らの覚悟のようなものを感じるものだった。


そのことに気づいた男は、にんまり笑い、「良いだろう。この僕が素晴らしい舞台を作ってあげるよ」と立ち上がり、まるで舞台に出ている主人公のように大袈裟に両手を広げて告げたのだった。





「ふふっ・・首を締めるのは難しいな・・特に女性は力が弱い。互いに首を締め合うのはとても美しいが、現実的ではないな。毒を飲みあう・・ふむ。毒は今やネットで手に入る因果な時代だからお勧めか。後・・溺死・・は美しくないな・・・仮に海や川で心中したとしても、万が一誰かに見られてしまえば、助けられてしまう可能性がある。練炭自殺も良いが、冬でもない時期に練炭を大量に買えば疑いの目を向けられるのは必然だろう・・・」



くすくすとどこか狂った笑みとともに吐き出される言葉の数々は、正気ではない内容のものである。男の名前は市網 銀(しあみ ぎん)という。


漆黒の黒い髪に日本人にしてはかなり珍しい、名前ゆかりの銀色の瞳を持っていた。


「今日も依頼を受けたの?」


ソファに座る市網 銀の後ろからまるで抱きつくように、同じく黒髪のロングヘアーの娘が話しかけた。


「まぁね。人は実に愚かしい。罪だと知りながらもその選択を選ぶのだからな・・」

「・・そうね・・」

「そして、君はまた邪魔をする気だろう?」

「・・・」

「君の思うままに行動するが良いさ・・どうせ彼らは心中を選ぶのだからな」


彼の銀色の瞳には、先ほどの二人を蔑むような色が濃く写り込んでいた。

心中を選ぶなんて余程のことだと、彼女にだってわかっている。

いい大人が心中を冗談なんかで考えるなどあり得ない。そう、余程のことだとそう頭で理解していても、心中を選ぶなんて、と思う自分もいるのだ。


市網 銀のいう通り、今まで彼女は「心中」を考えている男女を何人も見てきて、何度も止めようと一人奮闘してきた。



ー兄と妹の禁断の関係を周りに隠すことが辛くなり、心中を選んだ二人。


ー不倫の末、略奪結婚を考えていたが、周りが決して許さず、心中を選んだ二人。


彼女は説得を試みた。

何度も何度も。だが、彼らの心は決して変わるものではなかった。


だからこそ、今日きた二人こそは、なんとしても生きて幸せになって欲しい、とそう願ったのだ。






彼女は二人の素性を調べた。

男の名前は、吉川修吾。年齢は32才のごくごく普通の会社員だ。

会社でも可もなく不可もないといったところだ。

女の方は、柿川美和子。年齢28才。女性の方は少し家が固い印象を受けた。

美和子の両親は、教職員と役所で働いている、厳しい家柄のようだった。


ーともすると、二人の関係を許していないのは、彼女の家なのだろうか?

確かに、男とはかなり年が離れているように思える。


【そんなことで心中を考えるのだろうか?】と立ち止まり、考えをめぐらせて見るが、わからない。

だけど、彼女は過去の選択肢を後悔している。

だからこそ、他の人たちには立ち止まって欲しいと、願う。


彼女の願いはとても虚しく、市網 銀のもとを訪れてから3日後。

彼らの自宅で遺体として、発見された。


発見者は、美和子の両親。変わり果てた娘の姿と、忌々しい男の姿をみて狂ったように叫び声をあげた。



「手遅れだったね」

「・・・そうね」

「悲しいかい?」

「ええ・・悲しいわ・・もうこんなことやめにしない?心中の手助けなんて、誰も幸せになんてなれないわ」

「そうかな?彼らの死に顔を見たかい?とても美しい笑顔をしていたよ」

「・・私にはそう見えないの。止めて欲しかったように思えてならないの」



唇を噛み締めながら、まっすぐ市網 銀の銀色の瞳を見つめながらさらに続けた。


「彼らが心中を選んだのは、吉川修吾が過去に犯したたった一つの過ちのせいでしょう?」

「僕は彼らが何故、心中を選んだなんてどうでも良いのさ。過去に犯した過ちのせいで結婚を許されなくとも、他にやり方があった。心優しい君はきっとそう言うのだろう?

だけど、それは傍観者としての言葉だ。彼らの苦しみや痛み、絶望はわかってやれない。

わかってやれるのは、当事者の二人だけだ」

「・・・」


彼女は市網 銀の言葉に古い新聞を思い出していた。

吉川修吾が過去に犯した一度の過ち。

職場で一方的に好意を寄せられていた男に強引にホテルに連れ込まれそうになったところを、吉川修吾が助けた。その時に誤って相手を殺してしまったのだ。

情状酌量や事件の発端は、連れ込もうとした男に非があるとや、正当防衛が認められて、逮捕されることはなかったが、その出来事が原因で二人の仲を美和子の両親は決して認めようとしなかった。


大切な娘を助けた男だが、彼らが娘の身よりも優先するのは、世間体だ。


自分たちの娘が逮捕こそされていないが、危害を加えた男が婿になるなんて、許せるはずがなかった。


両親は娘のお付き合いしている男の素性を知り、激昂した。そうまさに怒り狂い、二人の関係を認めない。娘はとある男とお見合いさせるために強引に動いていた。


娘を仕事を辞めさせて、お見合いの日まで家に軟禁しようと画策していることを美和子は知り、このままでは好きでもない男と結婚させられる。そう思った。


だから、二人は市網 銀の元を訪れたのだ。

死後の世界で結ばれることを、ただ一つの願いとしてー



「死んだ後のことは誰もわからん。否、君以外は・・な」



市網 銀は、窓辺に立つ彼女を見ながら、ポツリと言葉を漏らした。

彼女は、窓辺に立っているが、窓ガラスは娘の姿を写していなかった。




彼女の目に届かない位置に一つの新聞が置いてある。それはとても小さく注意してみないと気が付かないような記事に、彼女とよく似た女性の顔写真が写っていた。


ー都内で発見された、二人の男女の遺体。どんな経緯で二人が心中を選ぶことになったか、知るところではないが、彼女は生前の記憶がないにも関わらず、心中をしたことを後悔している。

成仏できないほどに。


市網 銀は、彼女の悩みを知りながら自身の手元に置いている。

いつか、彼女が死の間際に自分とのやり取りを思い出し、市網 銀の本当の正体に気づくその時まで、ずっと、彼は待ち続けるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神は嘲笑う @whiterabbit135

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ