LafiN-DeuX

「ああすみません、痛かったですよね。でもそんなに時間は掛けませんから。すぐに済ませます」

「なんで、こんなこと……」

「申し訳ないとは思っているんです。でもどうしても、匂いを集めなくてはならなくて」

「違う、ボクが言っているのはそんなことじゃない……ボクはあなたが、どうしてあなたが……」

「そうですよね、なんでオレがこんなことをってオレ自身思います。それもこれも、全部あいつのせいです」

「あなたは――姉上は“レア”でしょう!」

「オレは“セブラン”ですよ。レアなんて人は知らないです」

 心からよく判らないといった困惑顔で、“彼女”が答えた。彼女――姉上であり、レアであり、意識をなくしたボクのモノであるはずの彼女が、どういうわけか“セブラン”という名を自称する、“彼女”が。

 姉上が失踪した後、ボクはすぐに捜索隊を結成し、ほうぼうにその捜索網を拡げた。意識をなくしていたはずではないのか、あれは全部演技だったのか、そんなにボクが嫌なのか、女の細脚で逃げ切れるものか、逃がすものか、絶対に逃さない、捕まえてやる、捕まえて、二度と逃げ出せぬよう今度は足の腱を切ってやる。

 様々な思考が高速で巡るが、それらはすべて後へと回す。なにより優先すべきは、手がかりを探し出すことだった。地道に、足取りを追って。捜索は難航した。父はやはり嫁に迎え入れるべきではなかったと激怒していた。ボクの立場も危うくなり、動かせる部下の数も減った。それでもボクは諦めきれなかった。だって彼女は、ボクのモノなのだから。

 探して、探して、探し続けた。探し続けて、探し続けて――彼女の失踪より、一年後。ボクはある噂を耳にする。とある街で、連続失踪事件が起きているという噂。まるでかつての、『オドレウム』のように。

 確信があった訳ではない。他にすがれる情報がなかっただけ。それでもボクは一縷の望みを駆けてその街へと向かい――そうしていま、追い求めた“彼女”に拘束されている。生命の熱と共に、体内を巡る血を徐々に徐々にと抜かれていきながら。管の先のボトルへと、ボクの生命を吸い取られながら。

「リュカくん、どうだい」

 見覚えのある餓鬼――記憶よりも些か成長しているその餓鬼が“彼女”に促され、ボトルに溜まったボクの血へとその鼻を近づける。

「……臭い」

「そうか、やっぱり」

 ボクを前にし、事もなげに二人は言い放つ。ふざけるなよと、声を上げようとする。しかし血を抜かれた身体は舌の奥から乾き行き、怒りすらも血液と共に流れ出していく。それでも身体を振って抵抗を表すと、その様子に“彼女”が気づいた。

「そう落胆しないでください、あなたの匂いも何かに使えるかもしれませんから。だからもうしばらく、このまま辛抱していてくださいね」

 そう言って“彼女”は、ボクの血へと鼻を近づける。直後、“彼女”はなにやら眉根を寄せて、自分の胸とボクのことを交互に見返した。「もしかして」と、“彼女”がつぶやく。つぶやいて彼女は、胸の内側から何かを取り出す。取り出したものを、ボクの前へと突きつけてくる。それは――。

「これ、あなたの物じゃありませんか」

 ボクが姉上にプレゼントした、橙色の――。

「よかった、持ち主が見つかって。オレには必要ないものですから、あなたが持っていってください」

 そう言って“彼女”はボクの目の前に橙の小瓶を置く。女性的な細やかさに欠ける、男性的な動作で。動きだけではなかった。言葉遣いも、纏う気配も、その顔つきまでもが記憶と違った。まるで本当に、別人へと変わってしまったかのように。

 その様を見てボクは、あの男のことを思い出す。魔術のような香水を扱う、正体不明の調香師。あの男のことを思い出し、そして、思い浮かんだ。恐ろしい疑問が、思い浮かんでしまった。

 あの男は……あの男は本当に、“初めからファビアンという生き物だったのか”――?

『あの男こそが神に仇なす悪魔そのものだったのだ!』

 いつか誰かが放った言葉。いまやもう、それが誰の言葉であったかすら思い出せず。

「まったく、あいつが怠けるせいでまた人様に迷惑を掛けてしまった。あいつは昔っからそうだ、格好つけてばかりで何をするにもいい加減。尻拭いする側の身にもなってほしい。なあリュカくん、リュカくんもそう思うよな?」

「うん、そう思う」

「リュカくんだって、早くファビアンになりたいよな?」

「うん、なりたい」

「ならリュカくん、そろそろ行こうか。長居していると怪しまれてしまうからな」

「……ん」

「リュカくん?」

「…………」

「そうか、そろそろおねむの時間だね」

「…………ん」

「よし」

 眠たげに目を細める餓鬼を、“彼女”が抱えあげる。姿勢が変わり、影に隠され目立たなかった胸元が強調され、そこに携えられたものへと自然、視線が吸い込まれる。薔薇の華。“群青色の、青い薔薇”。

「なあファビアン、いい加減出てこいよ」

 それがボクの、最後に目にした光景で。

「リュカくんだって、待ちくたびれて退屈してるぞ」

 ボクの聞いた、最後の声で。

「だからなあ、ユィット・サン・パルファム<香水教皇>のファビアン」

 最後に嗅いだ、“彼女<彼>”の匂いで――。


 早く目覚めて、オレを所有してくれよ

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ユィット・サン・パルファム ものがな @m_hiragana

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