LafiN-UnE

 葬儀は盛大に開かれた。シモンの証言が決定打となり、兄ダヴィッドは失踪ではなく死亡したのだと公に認められることとなった。民を守るために邪教へ挑んだ末の、尊い犠牲――まるで神話の英雄かのような扱いはボクの知る兄の像とは一ミリも重なることなく、葬儀の間、彼を称える言葉の数々にボクは、笑いを堪えるのに苦心しなければならなかった。

 シモンは死亡した。捕らえられ、裁きを受けるその前に、獄中でその生命を絶ったらしい。自責の念に耐えかねたのか、狂った末の凶行なのかは判らない。しかしその死には不審な点が多く、一部ではシモンの自白を危惧した“お偉方”がトカゲの尻尾を切ったのではないかという噂もある。

 いずれにせよ、その死の真相を暴くことにさしたる益はない。彼は死に、この世を去った。死者は蘇らない。それこそが真理なのだから。彼らは死に、ボクは生きている。ボクと姉上は生きている。それ以上に重要なことなど、ありはしないのだから。

 あの日、あの調香師の家へと踏み込んだ日。あの男の魔術によって意識を奪われたボクは、その目を覚ました瞬間ずいぶんと肝を冷やした。あの男の傍らにもたれる姉上の、その鮮血にまみれた姿を目撃して。あの男の死に、生命を絶ってしまったのではないかと思ったのだ。

 実際は、杞憂に過ぎなかった。その血は姉上のものではなく、姉上はあの調香師の血を浴びているだけだった。何を思ったのかあの男は、自分で自分の首を掻き切って果てたらしい。そこにどのような意味があったのかはもはや知る由もないが、やつの死は姉上に大きな影響を与えた。うつろな目をした姉上。姉上の意識は、どんなに待ってももどってこなかった。

 なんてことだ、これこそ理想の姿じゃないか。

 物言わずただただその形容を留め続けるためだけに存在する一個の芸術。これこそがボクの求めていたモノだ。真なる母の複製像。彼女はついに人間を捨てた、永遠の美そのものとなったのだ――!

 父は難色を示していた。モラリアムの家へと入れるには、彼女の状態は相応しくないと。頑迷な、美を解しない老人の戯言だ。お前にはやはり、母を所有する資格などなかった。ボクはこの頭の固い老人を説き伏せ、彼女を迎える理を説いた。

 兄嫁となるはずだった彼女の献身、『オドレウム』での活躍、そして、ボクらの間に生じた絆について。美談を好み不義を憎む領民に、彼女を娶るか放逐するか、どちらが支持されるかを凝り固まった父の頭に説き伏せ続けた。少しばかりはグラスの中に、素直になれる魔法の粉を入れもした。その甲斐あって最後には、父も理解を示してくれた。

 順風満帆とはこのことである。なにもかもがボクの望みを後押ししてくれていた。ささやかな望み。姉上を――レアをボクのモノとして永遠に所有し続けるという望み。姉上との婚儀の日取りも決まり、ボクは毎日彼女を抱きしめ、その耳元でささやき続けた。待ち遠しい、あなたがボクのモノであると披露目できるその日が待ち遠しくて仕方ない、と。

 ニヶ月が一ヶ月に、一ヶ月が一週間に。遅々として進まない時間はもどかしく、しかしそのもどかしさにすら興奮を覚え、ああ早く、ああ早くと唱えながらボクはその日を待って、待って、待ち続けて――そして、婚儀の日取りを三日後に控えたその日のこと。

 姉上が、失踪した。

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