「はいここで暗転どーん! SEずずーん! んでもって観客わぎゃーん!!」

「……はい却下。悪趣味過ぎます」

「えぇー!」

「えぇーじゃありません。せっかくの新入生たちをもれなく転校させる気ですか」

「こんな脚本書いちゃう先輩がいる学校に入れて……あたし幸せ! ……みたいな?」

「ありえません」

「……けっ、根性なしどもがよぅ!」

「架空の新入生にケチつけない」

「べぅー」

「そもそもなんですか、この『極めて閲覧注意』って」

「みこのやさしさをその一文に込めてみました!」

「台本に書いても無意味なんですよ」

「こころやさしきあたしのハートが――」

「伝わりません」

「べーうぅぅ~」

 もちまんじゅうのように頬を膨らませ、みこが机につっぷす。駄々っ子モードだ。ぶちぶちぶちぶち、自分がどれだけがんばったか、自分がどれだけ苦労したかを延々延々語りだす。まったくこれだからみこは……かっわいいんだよなぁ、もう。

……けどまあ、よくできてるとは思いますよ。読み物としては惹き込まれましたし」

「んだろぉー!」

 ちょろい。ちょろかわいい。

「劇部の脚本としては落第ですが」

「んだとぉー!」

 ころころ変わる表情かわいい。食べてしまいたい。

「ところでみこ、もしこの脚本でやるとして、あなたは誰を演じるつもりなのですか? やっぱり日山コイフミですか?」

「やっぱりの意味がよくわかんネですけど、あたしにぴったりの役はもちろん決まっていますのことよ」

「ほう」

「あたしにぴったりの役は~……はいドラムロール!」

「だらららら」

「はいそこのあなた大正解! あたしにぴったりの役は~……ずばり! 花香さん! でぇす!」

「最も遠いところ来ましたね」

「ほらあたし、可憐な清楚系だから……うふふ、小鳥さんごきげんようって毎朝ご挨拶してるから……」

「初耳ですね」

「あでもでもでもね! 花香さん実は男だから! 憧れの花香先輩が男だとわかって悶々とする後輩くんの裏ストーリーとかあるから!」

「腐ってますね」

「れーなはやりたい役あった?」

「私ですか? 私は裏方専門ですから」

「いーじゃんいーじゃん、今年は挑戦してみようぜ! 何事もチャレンジですよチャレンジング、生命短しチャレンジングせよ乙女!」

「語呂が悪い。けれど、そうですね。この中から選ぶなら、ですが……土家フタかと」

「あ、やっぱりぃ!」

「なにがやっぱりですか」

 人の気も知らないで、まったく。

 生ぬるくなってしまったタピオカミルクティーを手に取って私は、カップから突き出たストローに口をつけようとして――一瞬、ためらった。……何をバカな。作り話、作り話。

それにしても、みこの怪奇趣味にも困ったものだ。この悪趣味具合、出会った頃よりも一層悪化している気がする。ネットや何かで噂や都市伝説を収集する癖も、できればやめてほしいものだ。別に本気にしているわけではないけれど、でも……“そういうの”って、呼び寄せてしまうものだというし。たぶんこの脚本だって、どこかで聞きかじった話を元に作っているのだろうし。それでもし、もしもみこの聞きかじった噂が真実だったりしたら――。

やっぱり私が、しっかり手綱を握ってあげないと。

「で、どうしますか。大規模工事が必要ですが、やる気があるなら付き合いますけど」

「え、もしかして手伝ってくれる感じ?」

「当然です。何のために下読みしたと思っているんですか」

「んっひゃーん! みこ、れーなおねえちゃんだぁーいすきぃー!!」

 ……にやけるな、バレる。


「そろそろ帰りましょうか」

 空のカップを、がこんと捨てて。


 夕焼け小焼けの下校道。隣の彼女と些細な会話。彼女の時間を独り占めする、私と彼女の二人の時間。これってつまり、実質デートなんじゃないですかね。そんな内心露とも漏らさず、飛田れいなはすまします。

「ところでみこ、ひとつ確かめておきたいのですが」

「え、スリーサイズ? やだあたちはずかちい、でもでもみんなが求めるなら……おい誰だいま『体重は?』とか宣いやがったのは」

「やっぱりあなた、日山ですよね」

「……うふふ、なにかしらうふふ」

「タイトルですよ」

 夕日を浴びた彼女の顔には昼とは違う影が差し、ふざける中にもほんの時折、ちらっと怪しい色気が滲んで。

「タイトル、作品の顔です。決めてあるんですか」

「ふっふんなーんだそんなこと。このみこちゃんに抜かりはないぜ!」

 言ってみこはくねくねうっふんバカっぽく、指先を唇に当てたポーズを取る。自然その指先に、私の視線は集中する。


「『愛しい貴方の口元に』。蠱惑的で、魅力的でしょ?」


 つややかに光る、みこの紅。

 その紅が、撫でさする指先に合わせてゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと下がって、下がって、開いて――。

「……ま、悪くはないんじゃ、ないですか」

 無理くり視線を他所へと外す。いけないいけないいけません、私たちは清く正しき高校生。そういう関係はもっと大人になってから。誘惑なんかに屈しはしません、飛田れいなは屈しません。がんばれれーな、ファイトだれーな。

 私の自制にまったく気づかず、みこは私を惑わして。魔性の女といつも思う。けれどもしかし、それなのに。どうして私は幸せなのか。この混乱すら心地良く、いついつまでも一緒にいたいと、私は切に、そう願う。一緒に学んで、一緒に遊んで。一緒に笑って、一緒に泣いて。一緒に暮らして、一緒に結んで――だからいつも、別れ道はさみしくなる。

「それではみこ、また明日」

「うんれーな、まったねー!」

 何度も何度も振り返りながら遠ざかるみこを、私は見続ける。ぶんぶんぶんと手を振って、きゃっきゃと笑う彼女の姿を。その姿が小さく小さくなればなっていくほど、胸の痛みは大きく大きく広がって。だから私は、いつも最後まで見届けない。彼女が角を曲がる前に、私の方から背を向ける。それが今日の一日の、本当の意味でのお別れ時。

 の、はずだった。

「れーなっ」

 みこ? 振り向いた。彼女がいた。夕日を浴びて、手を降っていた。

「なにか――」

 言いかけた言葉が、止まった。止まって私は、それを見た。それはきっと、目の錯覚。光の加減が生み出した、朱い夕日の困った悪戯。だってそんなの、あるはずない。だってあれは、作り話。あなたが作って、私が読んだ、どこにでもある作り話。だってだって、だってそんな――。

 愛しい貴方の口元に、蠢くそれが生えてるなんて――――。

 彼女のささやく小さな声が、私を越えて空を飛び、拡がるように散っていく。私を越えて、枠越えて、誰かの下まで散っていく。“『』見る貴方”のその下までも。夕日が堕ちて、闇夜の時間。黒い雨が、降り出した。雨の向こうで佇む彼女が、唇開いて、ささやいて――。


 むすんだよ

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『愛しい貴方の口元に』 ものがな @m_hiragana

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