百合魔女による、彼女を護る生贄呪文

ニュートランス

百合魔女による、彼女を護る生贄呪文



「──あはあん、おかえりマレ〜! 」


私は2階建木造の家のドアを開けた瞬間に抱きついてきたストリックスを引き剥がし、フードを脱いだ。


此処は魔女だけが住まう村。人里から遠く離れた場所にあるそこは、世間では幻扱いになっている。


魔女とは言うが、村員には男もいる。ストリックスは私と同じ女性だ。


私はファッションに興味なく、いつもボサボサショートなのだが、ストリックスは女の子らしく三つ編みで後ろ髪を束ねている。


“くそかわいい”


「ほら、買ってきたぞ」


私は今日街で買ってきた野菜を机に広げる。


「……ごめん、卵は買えなかった。凄く高かったんだ」


「大丈夫だよ。野菜だけでもあるだけ嬉しい」


そう会話している所に、ある1人の老婆が現れた。


「ちょ、長老! 」


この老婆は長老。この村で一番偉く、御年80歳と一番年寄りだ。


長老は2階へと登る階段からとぼとぼと降りてきて、机に備え付けられている椅子の中で一番大きい椅子に座った。


この家は長老のもので、私とストリックスは弟子として住まわせてもらっているのだ。


「大丈夫なんですか? まだ横になっていた方が……」


「大丈夫じゃ、重力軽減の魔法も使っておるし、腰をやってもまだ動ける。それよりご飯はまだか? 」


「待ってて、私とストリックスが今直ぐ作るから」


私達は長老を机に備え付けられている椅子に座らせて、調理場へと向かった。


ストリックスが杖で釜に魔法で火をつけて、私が買ってきた野菜を水魔法でついた汚れを洗い流す。


弟子になる時に長老から貰った。どうやら昔使っていたものらしく、手触りが良く彫刻も素晴らしい。


「昔はこの魔法も街の人達に重宝されてたのにね」


「昔話はやめよう。あいつらは結局私達を裏切ったではないか」


今は考えられないような話だが、昔は魔女と民衆の関わりはかなり密接だった。


魔女という存在は古来からあり、魔術で人々を楽しませたり、その奇妙な術を使って悩みを解決したりして、仲良く暮らしていた。


しかし最近になって街で黒死病が流行り出し、人口増加による物価高などが重なり、人々は混乱の末ある噂が広まった。


“これらは全部奇妙な技を使う魔女のせいだ”と。


元々その奇妙な技を悪事に使用する魔女もいたらしく、その噂は一瞬にして世間の一般認識として広まった。


私と仲良くしてくれていた友人も、親が早くに亡くなった私の親代わりをしてくれていた靴屋のおばさんも、その一件で会話を避けるようになり始め、実害が出る前に私はその街から去った。


行くあてもなく彷徨っていた所を、長老が探し出してくれて、この村に招待してくれた。


村員は私のような人ばかりで、だから此処にいる全員が長老の事を慕っている。


長老は魔女の中でも最高位に位置する程魔力が強く、たった1日でこの村の家を建てたらしい。


此処にきて数ヶ月、街では魔女狩りなるものが始まった。


魔女を殺せばこの混乱が収まると思った人間の浅ましい考えの結果である。


現在、各地で魔女の殺害が多発している。できるだけ多くの魔女をこの村に招待して助けようとする一方、食材がなく、街同様食糧難に陥っているのも事実。


先が見通せない。


「暗い顔してるよ? 大丈夫? マレ〜」


彼女は顔を覗かせて、私の右耳を触った。


「な、何をする! 」


「だってえ〜、マレの耳柔らかいんだもん」


彼女は変わらず私の耳を触る。


「だったら私も……」


私は仕返しとして、彼女の右耳を触った。


「ひゃん! 」


これは仕返しだ。私は悪くない。──それにしてもストリックスの耳は柔らかくて、さらさらして、何故か良い匂いがする。


私は続けて指を耳の中に入れてぐるぐると回し始める。


「ちょ、ちょっと、ダメっ」


「っあ、ごめん」


私は慌てて彼女の耳から手を離す。


危なかった。危うく彼女の耳を食べてしまう所だった。


やはり彼女は可愛い。


──ストリックスは私と同時期にこの村へ入ってきた。年は16歳で私と2つ下の魔女。


私は街での扱いに理解が追いついておらず、村に来てもずっと暗い顔をしていたというのに、彼女は違った。


ストリックスだって酷い扱いを受けてきた筈なのに、彼女はいつも笑顔で、次第に私まで笑顔になっていた。


その時から、


私達は長老の弟子として迎入れられたという事もあり、接する機会が多く、嫌でも彼女の魅力に気付かされる。


ベッドは一緒で、寝相の悪い彼女はいつも私に抱きつき、ただスキンシップが近いだけなのか、私が村に帰る度抱きついてくる。


夜怖くてトイレに行けないと、私を起こして手を繋ぎながらトイレに行くし、とにかく全てが可愛い。


でも、この想いは伝えられない。


この時代で同姓同士の付き合いはタブー。それにこの混乱の中、付き合う事や結婚などは2の次になっている。


だからこの気持ちは伝えない。私は今の生活がこのまま続けば、それだけで良いんだ。


「早く夜ご飯作ろ! 」


「あ、うん」


今日買ってきた食材はサニーレタスにじゃがいも、とうもろこしの3つだけ。


今日のメニューは塩胡椒で味付けした野菜スープととうもろこしの塩茹で、そして家に保存食として置いてある黒色の硬いパンだ。


毎日同じような食事。久しぶりにお肉でも食べたい。


私達はお皿に盛り付けたそれらを食卓に並べて、長老と一緒に食べ始めた。


「ねえね長老、次魔法の稽古はいつやるの? 」とストリックスは問う。


「もう教えることはないよ。わしが何十年かけて覚えた術をほんの数ヶ月で習得しやがって」


「えええ、でも長老の部屋を掃除してた時、まだ使ってない魔術本が置いてあったよ」


「あれはダメだ。禁書と言って、この世の理を破壊するような魔術が書かれた本だから、あれは見せれない」


「そんなあ」


「わしは君らに自分の身を守るために魔術を教えている。そんなの覚えなくたって君たちは十分強くなったよ」


「えへへ」


仲睦まじい会話。私はこの会話を見るのが好きだ。聞くのが好きだ。


ご飯は不味くても、それらが隠し味になって何でも美味しく感じる。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、就寝の時間になった。


村中にある家の光がぽつぽつと消えていく。これは全て魔法だ。街を照らしているオイルランプとは違う、優しい光。


私達は使った皿を水魔法で綺麗に汚れを取ると、長老と一緒に2階へと寝室へと向かった。


2階には部屋が2つ。長老専用の部屋と私達専用の部屋だ。


私達は長老にお休みの挨拶を告げると、自分たちの部屋に向かった。


部屋は広いのに、ベッドは1つしかない。


手元の棚には花形のランプシャード。形だけで、光は魔法で着ける。


私は光度を抑え目に光を灯すと、棚に私とストリックスの杖を置いて、ベッドに足を入れた。


シーツが薄く、冬は凍え死にそうになるので、いつも体を寄せて寝ているのだが、今日は一段とストリックスは体を寄せてきた。


「どうしたの」


「えへへ、ちょっとね」


彼女は背中に抱きつくと、私の胸を揉み始めた。


「ちょっと」


「マレ、また少し大きくなったんじゃない? 」


「そんな事ないって」


「私小さいのに、ずるいぞ! 」


彼女はそう言ってまた胸を揉む。


全くこれだから。これだけスキンシップが近いと嫌でも意識してしまうではないか。


胸を揉みながら「私ね、最近怖い夢を見るの」


「胸揉むのやめな」


「マレがどっかに行っちゃう夢」


「だから胸揉むなって」


「マレは唯一の友達だから、居なくならないでね」


……友達、か。


「うん、居なくならない」


私は彼女の手を掴んで、その感触に全神経を寄せる。


暖かい。まるで彼女の笑顔みたいに。


その手を握ると安心して、気がつけば私は眠っていた。


お母さんがいた時も、こんな感じで寝かしつけてくれたっけ。


懐かしい記憶は夢の中、それでも覚めるのが夢というものだ。


誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。


陽が眩しいだろうから、私はゆっくりと目を開ける。


すると、目に日差しは入ってこず、真っ先に入ってきた語感は音だった。


人々の、叫ぶ声。


「起きて、マレ! 」


「っど、どうしたの!?」


「街の衛兵が凸全部この村に攻めてきたの……長老が言うに、この村の誰か街へ出向いた時に後を尾けられたんじゃないかって」


「っ! それって私じゃ……」


「違う! 他の村民も街へ出かけてたし、きっとマレのせいじゃない! とにかく、此処から逃げるよ! 」


「長老は……」


「今兵を食い止める為に前線に居る。直ぐ帰ってくるって言ってたから、私達は逃げるの最優先! 」


「分かった」


私はストリックスに引っ張られながら、杖を持って外へ出た。


地獄だった。家屋は炎の渦に包まれ、人々の喚き声で溢れている。


逃げなきゃ。私達も殺されてしまう。


私達は逃げた。できるだけ山奥に、追っ手が来ないように。


しかし村の柵を越える一歩の所で、私達は1人の兵に見つかってしまった。


「おい貴様、この村から逃げる気か? 」


剛性の高そうな甲冑にその威圧的な喋り口。唯の兵ではないだろうと思った。


護衛術では守りきれない、そんな気がした。


それでもストリックスは私を庇うように前へと出る。


「早く逃げて、マレ」


「それじゃあストリックスが! 」


「早く! 」


彼女も魔女の端くれだから感じているだろう。彼とやり合ったら確実に死ぬ。


それでも彼女は。


私は杖を持って、ストリックスの後ろで呪文を唱える。


「禁忌魔術 サクリファイス」


唱えた瞬間、私の杖の周りに大きな魔法陣が浮かび上がる。


「マレ、それ何……? 」


彼女は涙を流しながら、こちらに顔を向ける。


「ごめんね。最後まで居てあげられなくて。ストリックスの事、ずっと大好きだよ」


私は続けて唱える。


「私の命と引き換えに、此処にいる兵を全て殺して」


その瞬間、魔法陣は動き出し、村を白色の光で埋め尽くした。










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