強制旅行
まきまき
第1話 BORN IN THE HELL
生まれたときから地獄行き。なんてほど、ひどい人生ではないが――お世辞にも、恵まれた人生とは言いがたい。前世の記憶を持ってやり直し! なんて言い方をすると、まぁ……悪くはないのかもしれない。
でも、言語は変わるし、常識は違うし、何から何まで違う世界で生きるのは――みんなと同じように生きるのは、大変だった。退屈で、代わり映えのしない日常。そんな牧歌的な農村は、私の「異世界」には存在しなかった。
「――今年の収穫も、去年より目減りしている」
「税金のことを考えれば……シャディ徴収官は温情なんてかける方じゃねぇ」
「シャディの旦那が悪いわけじゃねぇよ。普段は気前のいい方だ――悪しきは領法よ。土地とその価値に応じて定められた税は収穫の多寡に左右されん。五十年前からその土地がどれだけ痩せても、だ。畜生」
村の密談は、つねに酋長とでも呼ぶべき我が家で行われた。驚くほどに村の人々は賢く(しかし、文字は名前くらいしか書けないし基本的に酋長以外は読めない)、私は感心した。理が通じぬ時代はない。彼らは彼らの利益のために。あるいは、信念のもとに常に動いていた。
時として、手段を顧みぬことすらあった。
「やるしかねぇ、か」
農民、あるいは農奴と呼ばれる身分の人々は、時として商人を襲う。商人と言っても、私たちが思うような贅沢をしている人々では決してない。つつましいとは言わないが、ただものを売ることに専心するだけの……私たちと変わらない人だ。それを、殺して、奪う。
奪ったものを税として納付はできないので、密かに村に蓄える。
だからと言って、村が裕福になるわけでは決してなかった。だって、村の人々は「自分たちが死なないため」に、モノを奪っているのだ。――欠乏という事実が、人を正しく生きることから遠ざける。そも、領法が公平ではないのだ。生まれながらにして守られる尊厳などこの世にはなく。
故に、法とは強者が定めた、強者のための秩序であり。弱者は、強者の目をかいくぐり、狡猾に生きていくことしかできない。
現実とは、かくも残酷である。私は、生まれた時から知っていた。畑を手伝い、井戸から水を汲み、布を織り――悪徳に目を瞑る。いずれ、ひどいことだと思っていたことに順応する。私は、八歳の時点で立派な「この世界の住人」となることに成功したつもりだった。
だがしかし。現実も世界も。とにもかくにも残酷で。知ってはいたが、私は。私たちが人々から奪ってきたように。奪われてきたように。その掠奪のサイクルは、必ずしも秩序的ではないことを我々は――知らなければならない。否。知らずにはいられなかった。
言い方を変えよう。――思い知らされた、と。
あるいは、それは報いであったのかもしれない。我々が奪い取ってきた命の。あるいは、悪法を悪であると知りながら糺すことすらしなかったことの。
悪の中に浸り、悪に馴染み、しかし、それを生きるためだと正当化したものの末路は。あまりに悲惨であった。
野盗――見知った顔があったので、おそらくは隣村の者も交じっていたのであろう。そして、この村に手引きした者もいたのであろう。
酋長である父は殺され、姉は犯され、嬲り殺された。私はたまたま厠に出かけており、息をひそめてこっそりと逃げようとして――。死体の山の中に、潜り込んだ。あるいはそれは死体ではなかった。浅い呼吸を何度もひゅ、ひゅと繰り返すものもいた。どうせ助からないなら、せめて私が助かるよすがになれと言い聞かせ――ただ、奪われるのをじっと眺めていた。
これが、
今、幸福に生きているものは。我らのように、滅ぶべくして滅ぶ悪を容認して幸福になっている。構造としての邪悪の中に生きる者は、誰一人として無謬ではいられない。
正義の味方がいるなら――この世界ごと、滅ぼすべきだ。
死体の山は、あえて野盗たちが積み上げたものであったらしい。京観、と言えば分かるものには分かるだろうか。戦果として死体の山を積み上げ、武威を示すもの。野盗は、くいあぐねた農村の人々が糾合して出来上がったものであろうか。――かつての世界でもよく見た、農村反乱である。
その様子を見ていた役人は、苦々しい顔を浮かべて――もぞもぞと死体の山から這い出た私をみて、ぎょっとした表情を浮かべた。
「生き残りがいたのか――」
私は、しゃがれた声で、水をくださいとまず言って首を垂れた。そして、多少マシになった喉の具合で、言葉を吐いた。
「ペリアナ領、リブシース村。酋長の第二子、アリアナ・リブシースです。父母と兄、姉は野盗どもに皆殺しにされましたが、こうして息をひそめやり過ごしました――私にはまだ、事の仔細がよくわかっておりません。教えていただけますか」
一息にしゃべると、役人――長い付き合いになる男、エリクは驚いた顔をした。
「酋長の娘……といっても、土民だよな。とにもかくにも、よく生き残った。――事の仔細を、とのことだったな。馬車に乗るといい。そこで話そう――まぁ、俺も話せることは少ないがな」
彼は、簡素に自己紹介を行った。彼の官職は文官であり、徴税官の査察が目的であったそうだ。
「ふむ……てっきり官軍がおいでになったのかと思っておりましたが。エリク様はこの村以外にはどこを?」
「領都に近い三つの村だ。異常はなかった。賊が占領している村ならば、俺も無事では済まんかったろうな――あと、様はいらん」
「では、エリク殿と」
「そうしてくれ」
彼と私は、話をつづけた。
「賊の顔ぶれに、隣村の者がおりました。これ以上の査察は危険かと」
「そうだよなァ……――っとはいえ、職務の放棄は国法に反する。査察を続けるしかないよ」
「では、領都に文を出しては如何でしょう。エリク殿は――わが村はもうすでに何も食べるものもありませんからね、別の村にでも寄りますか?」
エリクは悩ましげな顔をする。
「賊の勢力がまだ大きくない、ならそれでも構わん。領都に異変ありとの報せがあれば、査察だって延期されていた――が、ペリアナ領を超えた反乱ならば……とにもかくにも、情報が少なく、何が何だか分からんというのが現状だ」
困った、困ったとつぶやくエリクに――私も同意する。文官の仕事は、「集められた情報の処理」や「情報の収集」ではあるが……こうした反乱にはめっぽう弱い。私も軍人ではない(もっとも、文官でもないが)ので、エリクの気持ちは分からないでもない。
「――この際、国法など機能しないのではありませんか? 非常時には非常時の対応が求められます。やはり、領都に帰るのが一番でしょう」
私の言葉に、エリクは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「アリアナ、お前には分からんだろうが――いや、幼子の前で言うのは気が引けるが、大山鳴動して鼠一匹、ではいよいよ俺も斬罪だ。たかが村一つが滅んだ程度のことで、査察をやめることはできん」
「では、やはり文がよろしいでしょう。ひとまず村が滅んでいたこと、反乱の可能性が捨てきれぬことを記したうえで、仔細を調べましょう」
「まぁ、そうなるよな」
エリクはそれはそれで嫌そうな顔をした。それはそうか。反乱がおこっているかもしれない地域に赴くことになるのだから。
まぁ、私は関係のない話――もはや土地も何もかも失った身の上。野垂れ地ぬしかないわけだが……。
「アリアナよ、行く宛てがないなら俺と来るといい。存外頭のまわるガキだからな、お前は」
どうやら、私もただの流民になるわけにはいかないらしい。
強制旅行 まきまき @seek_shikshik
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