不穏の足音

クララ

第1話

私たちの組織にはいくつかの教訓がある。説明することは割愛させてもらうがとにかく素晴らしいものだ。なぜこの考えが一般に広まっていないのか不思議なほどだ。


そしてその考えを作ったのが私たちの組織のトップである師だ。彼はこの考えを思いついたその時からこの考えを広めようと全世界を飛び回っている。各地で多くの障壁に阻まれながらも各地でその障壁を退けながら考えを広めているのだ。しかし、彼の努力はまだまだ足りないようだ。

私も彼の手伝いとして世界各地を巡りながら彼の教えを広めるために日々奔走している。今日はその旅路の途中、とある街での出来事をお話しようと思う。


「おい! そこの女!」


街を歩いていると一人の男が私の行く手を遮るように立ちふさがった。私は特に急ぐ用事もないこともあってか男の話を聞くことにした。


「はい? なんでしょうか?」


「俺様のことを見下してんじゃねえぞ! 女だからって調子に乗るなよ」


男はそう言って私に向かって殴りかかってきた。


「……」


私は黙って男の拳を受け止めた。


「はっ! どうせまぐれだろうだがな!」


男はさらにもう一撃私に殴りかかる。だが、それも同じように受け止める。


「な!? てめえ何しやがった!」


私はそのまま掴んだ腕をひねり上げた。


「いてててててててて!!」


「これで少しは身の程というものを理解してもらえたかしら?」


「くそがああああああ!! 放しやがれ!」


私が手を離すと男は一目散に逃げていった。まったく……あれではどちらが襲ってきたのかわからないではないか……。まあいいか。それよりも早く行かないと……。


それから数日後、今度は別の街で同じように私の前に立ちふさがった。しかも今回は複数人だ。私はまたあの男と同じことをしてくるのではないかと警戒していたがそんなことはなかった。


「ありがとうございます! お嬢さんのおかげで助かりました!」


「いえいえ。当然のことですよ」


「どうかお礼を受け取ってください!」


そういうと彼らはたくさんのお金を差し出してきた。これは困ったことになった。せっかく私は今回の作戦のためにお金をこの町に流しているというのにこれでは目的を果たす前に資金が尽きてしまうかもしれない。


「すみません。さすがにいただいたお金を受け取るわけにはいきません。私はただ通りかかっただけですので」


そしてどうやらこの町で以前に私の組織の構成員が何かをやったみたいだ。おそらくその構成員と同じ制服を着ている私に恩返しをしようと思ったというところだろう。


「いいんです! ぜひとも受け取ってください!」


結局押し切られる形で受け取った。この街での仕事も済ませたことだし次の街に向かうことにするか……。


さらに数日が経ったある日のことだった。私はいつものようにある街を歩いていたのだがそこで一人の少女と出会った。彼女はボロ布をまとっていて一見すると浮浪者のような格好をしていた。私は彼女の身なりを見てすぐに彼女がスラムに住んでいる子供だとわかった。おそらく親を亡くしたか捨てられてしまったのだろう。



「こんにちは」


「ええ、こんにちは」


少女はにこやかな笑みを浮かべていた。こんな汚らしい場所ではとても似つかわしくない表情だった。


「あなたはどうしてここに来たのですか?」


「ちょっとした仕事の関係で立ち寄っただけだよ。君こそなぜここに居るの?」


「私はこの辺りに住んでいますから」


「なるほど……」


それきり会話が途切れてしまった。何を話せばよいだろうか。あまり長居をしても良いことはないはずだ。適当なところで切り上げて去ることにしよう。


「では私はそろそろ行くとするよ」


「待って下さい」


その場を離れようとすると少女に引き留められた。まだ何かあるというのだろうか?


「なんだ?」


「私の名前はソフィアといいます。もしよろしければあなたのお名前を教えてください」


そういえば名乗っていなかったな。別に隠していたわけではないが。


「私の名前など聞いてどうするつもりだ?」


仕事柄こういう名前を聞いてくるような人物には警戒をしている。それが子供だろうとそれは変わりない。


「名前を知れば友達になれるじゃないですか」


「とも……だち……?」


思わず聞き返してしまった。私は生まれてからずっと組織のために働いてきていたの

でそのようなものはできたことがないからだ。


「はい! ダメでしょうか?」


「いや、構わないよ。私の名前はロゼ・リエリットだ」


「よろしくお願いします! ロゼさん!」


「ああ、よろしく頼む」


まさかこの年になってこのような経験をするとは思わなかったな。悪くはない気分だ。


「それでですね、一つ相談があるので聞いていただけませんか?」


「なに?」


「実は私、最近家族がいなくなってしまったのです。ですのでしばらく一緒に暮らしてくれませんか?」


「え!? それはどういう意味?」


「言葉の通りの意味ですよ? 私と一緒に住まないかという誘いです」


「……」


なんと返答すれば良いのだろう。正直なところこの申し出は非常に魅力的である。もう少しの間この町にはいないといけないがなるべく私がいたという証拠を残したくないからだ。だが、出会って間もない人間についていくというのは危険ではないだろうか? いや、だがしかし……。そもそも彼女にとって私は赤の他人であるはずなのだ。なのにこうして誘ってくるということは彼女には何らかの思惑があると考えるべきだ。ならばここはその意図を探るべきだろう。


「何故私を選んだ? 他にも人はたくさんいるだろうに」


「確かに他の人にも声をかけました。でもみんな私のことを見ると逃げていってしまうんです」


「……」


「だからもう諦めていました。だけどそこにロゼさんが現れたんです! 最初は怖かったけどちゃんとお話をしてくれたし、それに今もこうやって私のことを見捨てずにいてくれる。それがとても嬉しかった。私はきっと心のどこかで誰かに助けてほしいと思っていたんだと思います。そしてそんな時に現れたのがあなたなんです!」


「……」


「私は今すごく寂しいんです。一人でいることが怖いんです。このままじゃ私はおかしくなってしまいそうなんです! お願いします! 私を助けて下さい!」


「……わかった。お前がそこまで言うなら私も覚悟を決めよう。ただずっとはいられない。私にも仕事があるからだ。それでもいいというのなら一緒に暮らそう」


「本当ですか!? ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」


「ああ、こちらこそな」


「はい!」


こうして私は彼女と暮らすことになった。これが後に起こる事件のきっかけになるとはこの時の私は知る由もなかった。


「あ、そうだ。言い忘れてたことがありました」


「どうした?」


「私、男なんですよ。なので一緒に住むのは少し問題がありますよね?」


「……は?」


「私、男なんですよ。なので一緒に住むのは少し問題がありますよね?」


「……へ?」


「聞こえませんでしたか?」


思わず思考を停止してしまう。目の前にいるこの少女が男だなんて信じられない。どこからどう見ても男には見えない。


「おーーい、大丈夫ですか?」


「あっ、あぁ…」


「すいません。騙すようなことになってしまって。確かに付き合ってもいない男女が同じところに住むのは問題がありますよね」


私はさっきも言った通り生まれてからずっと組織のために過ごしてきた。なのでそもそも男とプライベートでかかわるということが初めてのことだ。まったくどうしたらいいのかわからない。


「いや、私は気にしないよ?」


「そうですか!それならよかったです」


少女?は素晴らしい笑顔でこちらを見てくる。ますます男というのが信じられない。


そこから私たちの共同生活が始まった。初めは性別の違いからなんかいろいろあるかなと持っていたが案外何ともなくとても過ごしやすい、共同生活だった。


そして共同生活が始まってから3か月、事件は起きた。というのもソフィアがいつもなら帰ってくる時間に帰ってこなかったのだ。初めのうちは遅れているだけだろうと思っていたが1時間、2時間と経つうちにだんだんと不安になっていき3時間を超えるころには家を飛び出してソフィアのことを探しに行っていた。


この日ソフィアは週に1回のスラムで行われてる学校のようなものに行っていた。その学校というのは家から歩いて30分ほどの距離。ただどれだけ探してもソフィアのことを見つけられない。


そしてソフィアが帰ってきてないことはスラム全体に伝わっていたらしくスラムに暮らしているほかの仲間も一緒に探してくれる。ただそれでも見つからない。ソフィアはどこに行ってしまったのだろうか。そもそもソフィアはスラムの子供だ。誘拐なんかしても何もメリットがない。そうなると快楽目的の犯行ということも考えられる。


ただ私だってこの町で3か月の間働いていたわけだ。もちろん警察にも知り合いはいる。その知り合いにも頼んでソフィアのことを捜索してもらう。ただそれでも見つからない。気づいた時には行方不明になってから1週間がたっていた。それなのに手掛かりの一つすら見つけることができない。


警察の慈善団体ではないしほかの事件のこともある。すでに1週間も進展がないこの事件は警察からも見捨てられていた。そして私も仕事の関係で次の街に行かなければならない。すでに1週間延長してここにとどまっているのだ。そろそろ移動しないといけない。


もちろんソフィアのことを探したいと思う気持ちもある。ただ私には使命がある。本当につらいが何かを達成するためには犠牲が必要ということ。私は後ろ髪をひかれる思いのままその町から離れた。


願わくばどこかでソフィアが元気に生活をしていますように。




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