第26話 乱入

「いやーいいところを見させてもらったよ」


 その声ですぐにTだと分かる。Tが手を挙げると、後ろから十数人の兵士が現れた。彼らは銃を持っている私に狙いを定めているようだった。これは流石に動けない。私は素直にホールドアップした。


「残念だったよ。姫、あなたがそんなに弱いとは……てっきりルネを始末してくれると思ってたのに。僕らにとって彼の存在は邪魔でしかなかったんだ。最初の計画も崩してくれたしね。もう、興ざめだ。みんな死んじゃえばいい」


 それを合図に銃声が響いた。一瞬にしてルルが反応して私を抱きかかえるように地面に伏せさせた。


 ルネはルネで身をそらしつつ、得意のナイフであっという間に数人を倒した。クロウが兵士の顔面を塞ぐと、ブラックが兵士の首元に噛み付いた。ルルもナイフを取り出し、一人ずつ確実に殺して回る。


 あっという間に銃声は止まったが、Tは平然としていた。ルネのナイフやブラックからも襲われたはずなのに、異常な反射神経でかわしきったのだ。


 あの小さな体のどこにそんな力があるのか分からないが、どこか自分に似ていると感じた。たぶん、Tには見えている。未来が見えているわけではないが、過去を見られる目と驚異的な記憶力があればあらゆる攻撃パターンをまるでゲームの攻略のように覚えていてもおかしくない。


「さすが、王家の血を引くお二人だ。これで死ぬとは思っていないけどね」


 Tの表情は逆光で見えなかったが笑っているようだった。


 そういったかと思うと、Tはさっと身を引いた。すると後ろから数名の男が大型の機械を押して入ってきた。それは手術に使うような大型のライトのようなもので……私はそれがなんなのかすぐに理解した。巨大なUVランプだ。


「まあ、こういう事態も想定していたわけで。このランプは限りなく太陽光に近い波長を発生させることができるんだ。ここは地下だから日の光が入って来ないと思ってたでしょ。でも日光の代わりになるものはあるんだよね」


 私は急いでルルをカバーしようと思ったが、間に合わなかった。代わりにルネがルルの前に立ちはだかった。ルネが咆哮する。ルネは顔面からケロイドのように溶ける。ルルはどうしていいのか分からないといった様子だ。


「私を甘く見たことを後悔させてやる」


 ルネはありったけのナイフを取り出してライトを持った連中に投げるが、ルルからのダメージと光の眩しさか、それによる火傷のためか当たらない。そこに銃声がこだました。連射だ。ルネに全弾が吸い込まれるように当たったが、それでもルネはルルを背後に仁王立ちしている。


 その背中は逃げろと語っていた。ルルは唖然としている……まるで時間がゆっくりと流れるように感じられる。


 ルネは徐々に皮膚が溶け、灰のようになっていく。Tの笑い声が反響している……私は近くにあったナイフを拾うと、Tの方へ駆け出した。


 危険に対する反応は基本的に二種類しかない。闘争か逃避。なぜ私がその前者を選んだのか自分でもわからなかった。憎しみかもしれないし、ルルとルネの戦いに流されたのかもしれない。


 一瞬、戦おうとしている自分に驚いたが混乱はなかった。心がまるで揺れの一つもない鏡面のような湖にでもなった気持ち。


 ただ狙うは装置をもった男たち。体格は違うし、後ろにもっと敵がいるかもしれなかったがそんなことはどうでもよかった。


 ヴィジョンがクリアなのだ。私は右から順々に機械を回るようにして男たちをなぎ倒していけるのがわかった。ナイフを上段に構える。ここだ! そう思った瞬間に視界が反転した。


 なにが起きたのか全く分からない。ヴィジョンでは完璧だったのに……転けた状態で周りを見渡すと、Tが軽く足を出していたことがわかる。こいつには未来視が通用しないらしい。


「橘さん、ナイストライです」


 Tが私の耳元でささやく。甘い飴の匂いがした。


「ほんとに橘さんは魅力的だ。僕、橘さんのこと、好きです。結婚しようよ」


 そう言ったかと思うと上から馬乗りになって押さえつけられた。予想以上の力で驚くがそんな場合ではない。今、ルネは焼かれ、ルルは放心している。だから私がなんとかしなきゃいけないのに……。


「僕の今日の目的は、姫がルネを殺して絶望したところを見ることだったんだけどね、それはご破産。なら、とっておきの情報を橘さんにあげるね。婚約指輪の代わりみたいなものだと思って。僕にできる最大限の贈り物。連続殺人の犯人、それは君のお父さん。しかも吸血鬼化している。これですべてのピースが揃うよね?」


 一瞬で血の気が引くのを感じた。身動きがとれないからではない。Tの言葉が私の心臓を突き刺したのだ。そして私はそれが本当だと直感的にわかった。まるで今まで絡まっていた糸が解けるように、点と点がつながるように納得がいった。


 Tの表情は見えないが、たぶん今浮かべているのは邪悪な笑顔ではなく、あの天真爛漫な方の笑顔だ。もしかしたら、本当に婚約指輪のように、愛の告白のように、私にその情報を与えれば私がTのものになるとでも思っているのかもしれなかった。


 その状態を打ち破ったのは意外なものだった。ブラックがTに噛み付いたのだ。今までの私だったら、たぶんそのまま寝転がっていたかもしれなかったが、今回は違った。


 私はその隙をついてルルに駆け寄って、手を引っ張る。ルルは完全に灰になったルネの亡骸を前に放心しているようだった。体格差があってよかった。私は無理やりルルを持ち上げるとそのまま部屋の奥に直行する。


 ヴィジョンだ。まずい。こちら側からも敵が来るなんて……またもブラックがそいつらに襲いかかった。主人が命の危険に晒されているのに。クロウもそれに加勢する。


 私はルルを抱いたまま、階段を上る。上から敵が降りてくるヴィジョンが見えたので、ポケットから拳銃を抜き出した。


 リボルバーが火を吹く。今度は当たったようで、敵が倒れる。でもこれじゃあきりがない。ルルも放心状態でどうしたらいいのか分からない。だが階段の上の方から今度は悲鳴のようなものが聞こえたかと思うと、羽音が聞こえてきた。カラスたちだ。


 上から加勢してくれている。敵は挟み撃ちにするつもりだったようだが、逆に挟み撃ちに遭ってしまった状態で混乱している。


 私はルルを抱いたまま、一気に階段を駆け上がった。後ろから銃声がして、私の太もも辺りをかすった。せっかくルルに治してもらったのに。そんな感想しか思いつかない。不思議なことに痛みは感じない。


 外へ飛び出すとカラスたちが、それも見たことのないような数のカラスたちが待ち受けていた。彼らは私たちを掴むと、そのまま宙に引き上げた。そんな力があるのだろうか。日は昇り始めている。私は必死でルルを守り、かろうじて秘密基地にたどり着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたい少女は、吸血少女に拾われる。 清原 紫 @kiyoharamurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ