第25話 ルルとルネ

 部屋に入った途端に照明が落ち、次の瞬間に私の右首筋の当たりをなにかがかすって、すぐに痛みに変わった。ルネだ。とっさに私は身を低くする。相手から私は見えているだろうが、こっちからは相手が見えないのだ。


「諸君、侵入者のようだよ」


 ルネの金管楽器のような声が響いた。ヴィジョンが見えた。敵は三人で、みな自動小銃を構えていて、暗視ゴーグルまでつけてこちらを撃ってくる。実際には撃とうとしてくるが正しい。


 私は銃のことなど何も知らないのに、とっさにセーフティを解除してフルオートで相手のいる辺りに撃ちまくった。もちろん映画のようにいくわけもなく、銃は揺れるし照準は定まらないし、銃声で自分がびっくりするしで、たぶん誰にも当たらなかったが、それでも撹乱することができた。


 相手が散るのが分かる。私はすぐ近くにあった柱の影に隠れて、目を慣らそうと必死だ。完全な暗闇でなければ見えるということを、私はカラスたちから教わった。


 私がめちゃくちゃに銃を撃ったので、相手はこちらが武装していると勘違いしたようで、遠くから私の方に向けて銃が放たれたがそれが彼らの位置を正確に示し、ルルが音も立てずに接近して、みな倒してしまった。銃声が止む。


 辺りは暗いが、ルルとルネの気配がする。


「ルネ、今日は話し合いに来た」


 ルルの声だ。でも、二人はすでに戦闘しているようだ。ときに鈍い打撃音がし、ときに鈍い金属音がする。


「何を知りたいんですか?」


 ルネはあくまで冷静な声だ。まるで私たちがここに来るのを知っていたような……嫌な予感がした。


「チョコの姉を殺した奴だ。ファミリーが匿っているんだろう」


 対するルルの声も冷静。


「そのようですね」


「どこにいる?」


 お互いの声は冷静だが、その動きが速く暴力的なことだけが伝わってくる。口調こそ変わらないが、それでもお互いに命を狙っているようだった。私はとにかく耳を澄まして視界が戻るのを待つしかない。


「私も知らされていないんですよ。正式なファミリーの一員ではないですから」


 ルネは少しあざ笑ったような口調。


「そうか、だがお前だけがそいつへの糸口だ」


 この言葉とともにルルが一気に間合いを詰めたような気がした。見えないが、風の揺れのようなもので感じる。


「買いかぶられているようですが、私は本当に知らないんですよ」


 しかしルネはそれをひらりと躱したような気がする。靴音や衣擦れの音が私に情報を与えてくれる。見えないが、見えるようなこの感覚は奇妙だったが、徐々に暗闇に目が慣れてきているようだった。


「ならば、力尽くで吐かせてやる」


「なぜ、姉さんはそこまでそいつのことに固執するのですか? 弟を襲ってまで」


 一瞬の沈黙。だが、戦闘は止まらない。たぶんルルの狙いはルネへタックルからの押さえ込み。体格差が明らかな以上、打撃などの攻撃では不利だがグラウンドに持ち込んだ瞬間から体重差は関係なくなる。


「弟か……弟ならば姉の言うことを聞くべきだと思うがな」


 空気が熱くなるのを感じる。二人の言葉は短いものだが、そこに込められた思いは何年も蓄積されたものなのだから。


「今更、姉弟面ですか? あの日、あなたは私を捨てていったのに?」


 ルネの口調が少しだけ変わった。感情が入ってきている。そしてそれはこのような戦いの場では不利になる一歩だ。彼らの動きがかなり正確に見えるようになった。


 ルルはまるで四足動物のように身を低く構え、ルネもまた腰を落としているがルネからは呼吸を感じる。感情が高まり、呼吸も強くなっているのだ。呼吸は読まれたほうが負ける。私は少し安心した。


「それはすまないと思っている。ああするしかなかった」


 ルルは冷たく言い放つ。対して、ルネの感情が熱していくのが明らかに分かる。


「なぜです? 私はあなたと一緒にいられればそれでよかったのに! 私にとって唯一の家族だったのに」


 ルネはそう言いながらナイフをルルめがけて投げたかと思うと、一気に間合いに入って大振りの攻撃を繰り出すが、ルルはそれを紙一重で躱しすぐに距離を取る。


 ナイフを構える位置も低くなり、攻撃を仕掛けるというよりは受けに徹している。対してルネはどうにか一撃入れようと必死だ。それが言葉になる。


「私はあなたと一緒にいたかった。でもそれはもう叶わないんですよ。ファミリーがあなたを殺せば、一員として認めてくれると、そしてまた王位が私のものになると約束してくれたのですから」


 ミドルくらいの蹴りをルネが入れたのに合わせて、ルルは肘をルネの顔面に合わせて、そのまま身をひねってのハイキック。まるでその瞬間がはじめから図られていたように正確にルネの顔面が二度、震えた。人間なら脳震盪で失神しているだろう。


「そんなもの嘘に決まっているだろう。なぜ分からない」


 ルルは受けの姿勢から一気に攻勢に移行する。畳み掛けだ。脳震盪こそ起こしてはいないかもしれないが、いまルネには平衡感覚がなく、つんざくような耳鳴りがしているだろう。


「うるさい! あなたに捨てられた僕の気持ちなど姉さんに分かるわけない!」


 ルネの負けだ。ルルの連打にルネは身を引いてしまっている。部屋には血の匂いがしている……このままだと……。


「二人とも!」


 私は思わず声を出してしまった。自分でもびっくりだ。

 二人の視線が私を射抜く。まぁ……そうですよね。二人とも激高してるわけだし……。


「私、二人になにがあったかわかりません。でも、ここでどちらかが死ねばどちらかが後悔します。それだけは分かります。私も姉を失ったばかりです。ルネさん、もうこれ以上はやめてください。もう後へは引けなくなる。今なら戻れる……」


「姉さんがご執心の少女か……あなたもまた捨てられますよ……むしろ知世子さんと私は似ているんです。あなたがこちらにつけば姉は動揺する。私たちのもとへ来た方がいいと思います。なあブラック」


 気がつくと私のすぐそばに以前見た大型の狼がいる。私は慌ててナイフを構えた。ルネは続けた。


「あなたは姉さんに利用されているだけです。あなたの姉の死には姉さんの血が関係していることは確かなことです。その贖罪として守っているのでしょう。知世子さんはいわば姉さんの希望なんですよ。

 あなたを助ければ自分の罪が消えると思っている。あなたは姉さんにとっての道具に過ぎず、いずれ捨てられる。だが私は知世子さんの孤独が分かる。身寄りもなく、行く先もわからず、ただ流されてきただけです。だが、あなたが望めば君の未来はあなただけのものになる」


「その未来が……その未来が、ルネさんのお姉さんを殺すことになってもですか?」


「そうです。私は決着をつける。もう、姉さんとの縁は切りたいんです……知世子さんなら分かるでしょう。あなたの母上についてはTから聞いています。

 あなたもまた母を見殺しにしたそうですね。さぞ辛かったでしょう。今、僕がしているのはそれと同じ作業なんですよ。今までの恩は感じつつも、その縁は私にとって害毒なんです」


 なにか言い返さないと……。


「でも私は後悔している。助ければよかったって今なら言えます」


「残念ですが、今の私にはそう言えないんですよ」


 そう言って、ルネがルルに切りかかった。よく見れば、ルネの方が疲弊している。


「縁を切りたいか……なら望み通りにしてやる」


 ルルは声を振り絞ったようだった。ルネの動きがより大きくなった。そして直線的になっている。対してルルは曲線でそれを躱す。


「ブラック!」


 と声をかけると、ブラックがルネの援護に回った。私は慌てて、銃を取り出したが、どこを狙えばいいのか分からない。


「クロウ!」


 今度はルルの番だった。クロウがどこからともなくやってきてブラックと対峙する。ブラックは大型だが跳躍してもクロウには届かない。逆にクロウにはブラックに致命傷を与えることはできないが回避はできる。


 四つの塊がそれぞれの意思をもって動いていた。先に勝敗を決したのはクロウだった。ブラックの片目を引っ掻いたのだ。血が流れているようだった。ブラックは激怒しているが、それでは勝てない。ただがむしゃらに攻撃しても当たらない。


 ルネも同様だった。怒り、悲しみ、そういった感情で身体が固くなっている。いまの私にはなぜか彼らの動きが手にとるように理解できた。そしてその勝敗も。


 ルネが大きく身を沈めたかと思うと、ルルの目の前に現れて膝蹴りを繰り出す。ルルはその膝に深々とダガーを突き刺し、その手でルネを強打した。ルネが倒れ込む。そこからは一瞬だった。倒れた相手にルルは組み付き、馬乗りになる。


 こうなると身長差も体重差も関係ない。ルルはナイフを使わずにひたすらルネを殴りつけた。ルネにもはや戦意は窺えない。ルルがナイフを取り出す。


 ルネはそれを受け入れようとしているようだった。


「姉さん、この悪夢を終わらせてほしい」


 ルネの言葉。ルルはわかったと言ったような気がした。そしてナイフを突き刺そうとして、手が止まった。それからルネを解放した。


「なぜだ! なんでです! 姉さんは僕に最後すら与えてくれないんですか!」


 その瞬間、後ろのドアが開いた。

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