本当に恐ろしいのは人間

こくまろ

本当に恐ろしいのは人間



 他でもないオバケの私が言うのですから間違いございません。

 本当に恐ろしいのはオバケよりも人間、これは真実でこざいます。

 

 『人間の恐ろしさ』と聞いて、まず何を思い浮かべますでしょうか。

 弱い者相手に見せる徹底した残虐性でしょうか。または、底の見えない漆黒の悪意でしょうか。それとも獲物と定めたら捕らえるまで飽くことのない執着心でしょうか。いずれも人間の恐ろしさには間違いございません。しかし私のようなオバケの立場からすれば、一番恐ろしいものとなると少し事情が変わってくるのです。

 では、私とって人間の最も恐ろしい点とは一体何か。


 それは『足があること』でございます。


 ……いいえ、決して冗談を言っているわけでも逆張りというわけでもございません。この一点こそが人間とオバケの決定的な違いであると私は確信するものであり、また私にとって最大のハンデなのでございます。


 足の有無が一体なんであるのか。

 なんといっても足は手の三倍以上の力

があると言われております。オバケは足がないので当然蹴り技ができない。そして逃げることもできない。一方、人間からはその立派な自慢の足で蹴られ放題でございます。これはもう、勝負の形にすらならないのですよね。

 もちろん、蹴り技ができないだけではなく、敏捷性フットワークも効きません。格闘技などを観ておりますと、執拗にローキックを重ねることで相手の敏捷性フットワークを殺す戦略があるわけでございますが、これに関しましては、私などは最初から足が死んでるわけですからね。あ、死んでいるのは足だけではございませんでしたか(笑)

 いや、本当は全く笑い事ではないのです。

 オバケと人間を比べてどちらが恐ろしいかというのは、竹槍と戦闘機を比べるようなものなのでございます。


 自分自身が儚い存在だからこそ、生命力溢れる肉体に対して強い憧れのようなものがあるのでしょうか。私、テレビで格闘技を観るのが趣味でございまして……重ねてこれを引き合いに出して恐縮ですが、人間同士の勝負では、体重による厳格な階級制が設けられておりますでしょう。

 ご存知かもしれないですが、あの、オバケは体重が非常に軽いのです。あまりにも当たり前のことを申し上げたでしょうか。私、恥ずかしながら自分の体重も正確なところは存じ上げないのですが、予想で申し上げますとおそらくライトフライ級、いや、ひょっとするとミニマム級よりも軽いのではないかと……。一説によるとたましいの重さは21グラムなどという話も聞いたことがございますが、流石に21グラムなんてことは、もう少し重くてもおかしくないのではないかなどとは思うものの、いずれにせよ並の人間より軽いことは間違いないと確信しております。無差別級の戦いを常に不利な形で強いられているわけでございます。



 えっ。


 はいはいはいはい。

 オバケであれば殴られようが蹴られようが痛くないだろうと。確かによく言われます。

 あの、本当に痛いです。顔面を蹴られると鼻血がドバドバと出ますし、お腹をですね、つま先でこう、ドスドスドスっと連続して蹴られますと呼吸ができない苦しみでいつも涙が溢れそうになります。


 はいはい、はい。

 仰ることは私も考えました。すなわち、オバケなのであれば壁をすり抜けるなどして、どこへなりともふわふわと風船のように漂って逃げれば良いのではないかと。しかしこれは駄目でした。どうしてもできなかったのです。どうも私、地縛霊のようでして、この場から自力で動いて回ることはできないようなのです。ですので、いつも身動きできないところを一方的に蹴られ殴られとするわけでして……。


 はぁ、えぇ、理由でしょうか。なんでそんなに痛めつけられるのかと。それはこちらの方こそ知りたいところなのですが……。

 あぁ、その人間でしょうか。私も詳しくは存じ上げないのですが、いつも私を痛めつけに来るのは白い装束を纏った女達でございまして、それも一人ではなく、同じような格好をした者が複数人おります。そして、どうもこれも仕事の一環ということでやっているらしいのです。おそらくですが、悪霊退治や邪なものを祓うことを生業にしている専門家集団なのではないかと……。私が壁をすり抜けることすらできないのも、ひょっとして彼女達の結界によるものなのかもしれません。


 いえいえいえ、私が悪霊だと申し上げているわけではございません。ですから、そこに関しましてはきっと誤解なのです。しかし、これも彼女達が生きるため食うためには仕方ないということなのでしょうか……それとも、私自身が気付いていないだけで本当は強大で邪悪な力を持った怪異で、私が退治されることは世のため人のためになるのでしょうか……私みたいな無力なオバケを退治しても、大して意味がないとしか思えないのですが……。

 しかし、散々に私を痛めつけたかと思えば、一方で、お供物のご飯を持ってきてくれたりもするのです。こう、ちゃんとご飯に箸を立てまして、枕飯というのをご存知でしょうか。あの世とこの世の架け橋というような意味があるらしいのです。

 また、毎日ではないですけれども、菊とか椿など、これは仏花というのでしょうか、こういったものもきちんと供えてくれるのです。

 オバケとなったばかりの頃でしょうか、何がなんだか分かっていなかった私に、既にこの世の者ではなくなってしまったことを告げてくれたのもこの人間達だったのです。

 こうして思い返してみると、彼女達も決して悪意や私への憎しみが動機にあるわけではなくて、なんとか私を成仏させようと試行錯誤してくださっているのが伝わってくるのです。しかし今のところ成仏できる気配はないようでして……毎日退治されているのですが、これでは退治され損というものです。まだオバケとなって日が浅いので焦ってもしょうがないと言われればそうなのでしょうが……。私も自分以外のオバケを知りませんので、なかなか分からないことだらけでして……。



 おや、それはまぁ。

 あなたもオバケだったのですか。いやですねぇ、そうならそうと早く言ってくだされば。水臭いじゃありませんか。

 はぁ、ここで亡くなられた方でしたか。いわば先輩に当たるわけでございますね。あれ……でもあなた、足がちゃんとあるじゃありませんか。

 え、足の有る無しは関係ないんですか。はぁ、それはまた、勉強になります。先入観といいますか、刷り込みというのは恐ろしいもので。しかしそうなると、一体なぜ私は足がないんでしょうか。私の方が伝統的な様式のオバケということになるのでしょうか。まぁいずれにせよ同じオバケであることには変わりないですからね。私、先程も申し上げましたが仲間に会うのは初めてでして……


……え。

……どうして私は仲間じゃないんでしょうか。いやいや、私もオバケですよ。ほら、ご覧のとおり足が……あぁ、足は関係ないんでしたっけ。しかしですね、私だって……。

 ……はぁ、今は仲間じゃないだけで近いうちに仲間になれるということですか。あまり仰ってる意味がよく分かりませんが……。これは安心してよいのでしょうか。


 あぁ、お話に夢中になっておりましたが、そろそろ人間達のやってくる時間のようです。あなたはもうお隠れになった方がよろしいでしょう。久し振りに人と……失礼、人ではございませんでしたね。とにかくお話できて楽しゅうございました。それではまた……次お会いする際には仲間として歓迎していただけることを期待しております……。











(■月■日(■)■■新聞 朝刊記事より抜粋)


──■■病院 患者虐待死か──


 市は、■日、会見を開き、■■病院における患者虐待が実際にあったとして認定するとともに、同病院で亡くなった患者一名が虐待により死亡した可能性があるとの調査結果を明らかにした。

 同病院では、複数の入院患者から虐待被害の通報があり、市が実態調査を進めていた。

 市によると、死亡した患者は、事故による負傷で両下肢を切断する手術を同病院で受けており、また事故のショックによるものとみられる精神障害も患っていたことから、外部へ助けを求めることができなかった可能性がある。

 会見では凄惨な虐待の内容が明らかにされ、殴る蹴るといった身体的な暴行から、仏花を飾る、患者を名前ではなく『お化け』『化け物』と呼ぶなどの精神的苦痛を与えるものまで含まれた。

 病院側は現在この問題について……………

 


(了)

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