貴方の忠実なしもべより。

先立つ不幸をお許しください。


ぼろぼろで、今にも死んじゃうんじゃないかと思うような貴方を拾ったあの日の事を、私は今でもはっきりと覚えています。

まとわりつくような暑い暑い日の夜、貴方を見つけて、何も出来ないと分かっていながら、私はつい貴方の元へ駆け寄ってしまった。今にも止まってしまいそうな弱々しい呼吸に、今までに無いくらい胸が締め付けられてしまって、貴方から目が離せなくなりました。

それまで考えていた仕事の事とか家計のこととか、全て忘れてしまったかのように頭が真っ白になって、ただただ、「この子を何とかしてあげたい」と。その思いだけが心に浮かんできました。だから殆ど無意識に、声をかけていました。__「うちに来ない?」と。

傷を負った貴方を最寄りの動物病院へ携帯のナビを使って何とか駆け込み、ぎこちない手つきで猫用のご飯やトイレを用意し、毎日毎日、貴方の様子を見続けました。すると貴方は驚く程早く回復し、元気に部屋を駆け回れるようになっていきました。嬉しかったと同時に、あなたがとても愛おしく感じました。そして一生をかけてもこの子を守っていこうと、私は決意しました。__貴方が望むのなら、私はあなたの下僕になっても構わないと思いました。

__過ごした時間が短くとも、既にあなたは私にとってそれ程までに大切な存在だったのです。


...けれども現実は上手くいかないもの。

貴方が来てしばらくたった頃、仕事も人間関係もあまり上手くいかないようになりました。私は毎日夜遅くまで働いて、精神的にも肉体的にも大きな疲労が溜まっていきました。そんな暮らしの中で、貴方だけが癒しでした。それでも貴方の為に取れる時間の余裕は無くなっていき、疲労で貴方の頭を撫でてあげることさえ出来なくなっていきました。

...守ると誓ったのに。大切にすると、決意したはずなのに。上手くできない自分が本当に悔しくて、涙が出ました。


__そんなある日のこと。

貴方のご飯を買って、帰宅しようとしていた時。寝不足だったのか、私は足元がおぼつかないまま、ふらふらと道路を歩いていました。ぼうっとする頭の中で、貴方がお腹を空かせて待っている、早くしなくちゃ、と、それだけを考えていました。その時突然、目の前に車の明るいライトが見え__気付いた時には、私は上から頭から血を流して意識を失った自分を見ていました。特に何も思いませんでした。両親も既に他界し、一人暮らしの私には、失うものはあまり多くありませんでしたから。...ただ、家に残された貴方のことだけが心配でした。

魂だけの状態で、私は成仏出来ないまま来る日も来る日も貴方を探してさまよい続けました。私の家にはもう貴方はおらず、遠い親戚の独り言から貴方が外に出た事を知り、必死になって探しました。何日も、何日も...。

また車に轢かれてしまったのではないか、どこかでお腹を空かしているのではないかと考えるとキリがなくて、不安で朝も夜もずっとずっと、貴方の事だけを探し続けていました。悪い事を考えないようにしている内にやがて何も考えなくなり、ただ呪いのように貴方のことだけを探し続けるようになりました。


__そうなってから、どれくらい経ったのでしょう。

あるお家の窓から外を見つめる貴方を、私は遂に見つけました。見間違えるはずがありません。見た瞬間に、貴方と分かりました。

それから、新しい飼い主の元で元気に暮らしている様子を見て、私はほっとしました。

よかったと、心の底から思いました。久しぶりに微笑むことが出来ました。


未練を果たした今、私はほんとうにこの世から去ることになります。この先どうなるのか、また生まれ変わるのか、それとも死後の世界に行くのかは分かりません。

けれど、もう怖くない、と思っています。


貴方が健やかで居てくれれば、私はそれでいいのです。


だからどうか、幸せになってください。

けれどちょっぴり寂しいので、やっぱり私のことも覚えていて欲しいな、なんて。

...それでは、また。

どうかお元気で。


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拝啓 我が主でありしもべである者へ 火属性のおむらいす @Nekometyakawaii

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