拝啓 我が主でありしもべである者へ

火属性のおむらいす

拝啓 わが主へ

あんたが俺を見つけてから、かなりの時間が経ったな。

はっきりと覚えている。まとわりつくような、嫌な暑さの日。得体の知れない大きな物...車に轢かれ、傷つき、今にも死んでしまいそうだった俺を、今日は暑いから涼みにおいで、とあんたは救いあげてくれた。暗闇と死の恐怖の中で、あんたの暖かい手だけが頼りだった。

変なところ...病院に連れていかれた後、今度は俺を家の中に招き入れてくれた。...正直、怖かったさ。得体の知れない人間に、知らないところに連れていかれ、これからどうなってしまうのだろうなんて、ずっと、ずっと考えていた。__けれどあんたは結局、俺に食べ物をくれて、ただ毎日毎日、隣に寄り添って話し、時には俺の喜びそうなものを嬉しげに持ってくるだけだった。俺を見て穏やかに微笑む顔を見て、俺は思った。こいつは敵じゃないと。そう気付いたと同時に、俺は、あんたとずっとに一緒にいてもいい、なんて考えた。

__本当に、そうなれば良かったのにと何度も思った。


ある時から、あんたは猫の俺でも分かるくらいに疲労し、弱っていった。毎日毎日、夜遅くに帰ってきては、ごめんね、ごめんねと繰り返しながら俺に食べ物を与え、少しの間__本当に少しの間だけ眠り、またどこかに出かけていく。俺が、どうした?具合が悪いのかと声をかけても、ごめんねまた今度ね、と言われるばかり。俺の言葉があんたに分からないのが、すごくもどかしかった。

あんたがまずい状態なのは俺でも分かっていた。ただ、ちっぽけな俺にはこの世界はどうしようもないくらいに広すぎて、悔しいが俺は何も出来なかった。



__そうしている内に、あんたは帰ってこなくなった。



代わりに、知らない人間が来た。誰だお前、あるじはどこだと威嚇しても、ここに入るなと叫んでも、人間はただ、悲しそうな顔をするだけで俺に構ってはくれなかった。

あんたに何かあったんだと、俺は何となく悟った。そうするといてもたってもいられなくなって、俺は知らない人間が扉を開いた瞬間に、外に飛び出した。

大きな建物、灰色の地面、たくさんの人間達。住んでいたはずの「外の世界」が、どこか寒々しく見えた。背後で知らない人間が叫ぶ声が聞こえて、俺は捕まらないよう必死で走った。外にも人間がいて、聞きたくもないのに声が勝手に耳に入ってきた。

「あの猫ちゃん、__さんのところの...」

「可哀想にね。__さん、まさか交通事故で亡くなるなんて...」

何を言っているのか分からない、知らない、ただ俺は、あるじを探してるだけなんだ、邪魔しないでくれ_!

ずっと、頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えずに走った。あんたのことだけを探して...いや、本当は探しもしなかった。


あんたが色んなことをよく俺に話していたから、俺は少しだけ賢くなっていた。だから、本当は人間達の会話の意味をきちんと理解していた。


__あんたはもう、この世には居ない。

それでも俺は、あんたを探し続けた。どれだけ歩いたかなんて、分からなくなるほどにずっとずっと、朝も、夜も。

そうしないと、悲しくてどうにかなってしまいそうだったから。


けれど、まとわりつくような暑さの、ある日。俺はまた不運なことにまた車に轢かれてしまった。1歩も動けないどころか、痛みが邪魔して体を起こすことさえも出来なくなった。それでも俺は怖くなかった。あんたのところへ逝けると思ったんだ。やっと会えると。

__けれど意識が薄れゆく最中、ふと足音が聞こえてきた。野生の動物の足音じゃない。...人間の足音だった。

「あらあら可哀想に...車に轢かれたのね。

おいで。このままだと死んじゃうわ。」


俺は思わず笑ってしまった。...まさか、あんたのような人にもう一度会えるなんて思ってもみなかった。俺はあんたと出会った時以上に衰弱していて、気がついたらまた、病院に運ばれていた。

死にそうだったというのに、傷は思ったよりもあっさり治り、俺はまた、動けるようになった。もう死んだと思っていたのに、俺はまた外の世界を見ることが出来た。


そして病院を出た時、俺を病院に運んでくれた人間に、こう言われたんだ。

「ねえ、うちにおいでよ」

...と。


___今は、その人...2人目のあるじの元で暮らしている。あんたと同じで、2人目のあるじもおれに食べ物をくれるし、俺によく話しかけてくれる。


あんたを忘れたわけじゃない。


けれど...。

俺は、あんたも、2人目のあるじも、同じくらい好きだ。だから、あんたを探すのはもうやめにして、2人目のあるじのところに居ることにしたんだ。

それに、あんたはよく言っていただろ?

「きみの幸せは私の幸せ。だから、よく食べてよく寝て元気でいてね。」

__ってな。


だから俺は、次あんたに会った時、堂々と「幸せだ!」って言えるように、とことん幸せになることにしたんだ。


だから、もうしばらく待っていてくれ。

俺はまた、幸せになってあんたに会いにいくから。


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