第11話 決意表明

***




 数日後。

 予定を早く切り上げて、イネスの夫がオルレアン領へと戻ってきた。イネスはジルの魔法で自宅へ帰らせていたので、イネスの夫も真っ先に自宅へ帰り、落ち着いたところでジゼルへ感謝を伝えに来た。

 妊娠初期のイネスの状態は決していいものではなく、神官が常にひとり付き添っているという。


 ほっとしたところで、遅れてアーサーも帰ってくるという報せが入った。


(結果としてイネスを助けられたからよかったよね? うん、大丈夫だよね?)


 ジゼルは己に言い聞かせる。

 館を飛び出してジルへ助けを求めたことについて、今さらながら不安になってくる。しかし、結果的にそれが最善の策だったと言えるのだ。

 そして、そわそわしながら、玄関を行ったり来たりしていた。


「奥様、居間でお待ちになられてはどうですか?」

「ううん。もうすぐ帰ってくると思うし」


 その言葉と同時に、扉が勢いよく開かれた。


「――ジゼル!」


 ジゼルが振り返るのと同時。飛び込んできたアーサーは力いっぱいジゼルを抱きしめてきた。


「ア、アーサー?」

「ありがとう。君のおかげでイネスとその子どもが助かった。君の豪胆な決断に感謝する」

「……うん」


 その言葉だけで、十分だった。

 ジゼルはアーサーの背中へと両腕を回した。


「おかえりなさい」




***




 旅装から着替えたアーサーを待って、ジゼルは庭園へと出た。花の咲き誇る空間を並んで歩く。

 虫が歌い、鳥は舞う。そよ風が穏やかにふたりの間を抜けていく。


 ふと立ち止まったイネスはしゃがみ、草を指差した。


「イノンが生えてる。料理にも使えて、ハーブティーにするとリラックス効果があるんだよ」


 アーサーは降参だと呟き、イネスの隣にしゃがみこんだ。


「それにしても、君の手綱を引く人間なんてこの世界のどこにもいないとつくづく感じた」

「ちょっと。それ、どういう意味?」

「……殿下にお会いして、勇者の翡翠像を見せられた」

「うわぁ」


 その言葉だけですべてを察するジゼル。あからさまに顔を歪めたが、心なしか、アーサーも苦虫を嚙み潰したような表情になる。


「嫌になったらいつでも手放すように、だと。死んでも離すものかと思ったけれど言わなかった。口にしていたら、あやうく反逆罪で投獄されるところだったな」

「うわぁ……」


(あまり追及しないでおこう。うん、そうしよう)


 ジゼルにとってその光景は容易に想像できたが、敢えて考えないように努める。


「ただ、翡翠像と違って、本物の君は動く。笑うし、怒るし、他人のためを思って周りを顧みない。そんな君の隣にいられることは心中だけで殿下に自慢しておこうと思う」

「あなたの言うことを聞かないで暴走したとしても?」

「生身の人間とは、そういうものだ」


 わざとらしくアーサーが溜め息をつくので、ジゼルはぷっと吹き出した。


「アーサー。こっち向いて」


 そして、ジゼルはアーサーに口づける。一瞬の触れ合いの後、ふたりは見つめ合う。


「立場を考えたら、我儘なのかもしれない。だけど、それ以上に諦めが悪いのがわたしだから」


 立ち上がったジゼルは大きく伸びをした。


「目指すよ、薬師。元勇者で、辺境伯夫人兼薬師。イネスもだし、たくさんの人の力になりたい」

「それが君の選ぶ道か」

「うん。アーサーと一緒に、ここで。わたしは、困っている人たちを助けたい」


 続けてアーサーも立ち上がった。

 ふたりで同じ方向を、青空を、見上げる。


「ジゼルらしい、決意だな」






     ―― 完 ――

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幼なじみの辺境伯から溺愛されてはじまる、引退勇者の第二の人生。 shinobu | 偲 凪生 @heartrium

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