第46話 罠
「おかしいな、見張りどころか人っ子一人いねえ」
クロードは、アジトの玄関ホールに足を踏み入れながら呟いた。
「明らかに罠だね、でも行くしかないよ」
ピリアがリューヤの頭の上で警戒しながら言う。
「覚悟を決めたとはいえ、自分から罠の中に飛び込んでいくってあんま気分のいいもんじゃないわね」
「同感だな、ともかく警戒は怠るなよ」
顔をしかめるシルヴィにそう答えるとリューヤは先頭に立ってアジトの中を歩き出した。
侵入者撃退用の罠を警戒しながら進んでいくリューヤたち。しかし、予想していたような罠はなく、また敵の姿も見当たらなかった。
「ひょっとして敵さん奥で待ち構えてんのか? オレたち相手に罠や雑魚なんて必要ない。かかって来いとでも言わんばかりに……」
「言われてみれば妙ね、罠の一つや二つは仕掛けてあっておかしくないのに……それにこの静けさも気になるわ」
クロードの呟きにシルヴィが答える、確かに彼女の言う通りこの静寂は違和感がある。しかし、罠が無いということはこちらのリスクを下げられるという利点もあるため油断はできない。
「何かあればその時はその時だ、それにこれは逆にチャンスかもしれない。このまま一気に突き進むぞ」
リューヤがそう言うと二人は黙って頷き返した。
「ところでさあ」とピリアがリューヤの頭の上からクロードの肩にぴょんと飛び移る。
いきなり飛び乗られ僅かに驚いた表情を見せるクロードのことは気にせずピリアは言葉を続ける。
「クロードは今度こそブリュンヒルデに勝つ自信はあるの?」
ピリアの質問にクロードは少し困ったような表情を見せる。
「自信はある! と言いたいところだが、正直微妙なところだな。前回あいつ引き際にまだまだ隠してる力があるって匂わせていたからな、正直勝てるかどうかわかんねえ」
クロードは素直に自分の心境を吐露する。
それを聞いたピリアは「そっか……」とだけ言うと頭を下げる。
その様子にはどこか落胆した様子も含まれていた。
(ピリアの奴、やはり不安なのか。そこで共にブリュンヒルデと戦ったクロードから勝利を保証してもらえれば、少しは安心できると思った、といったところか……)
クロードとシルヴィは知らないがピリアは謎の銀髪少女としてクロードと共にブリュンヒルデと戦い、そこで大敗を喫している。
その敗北のショックは計り知れないだろう、だからこそピリアも不安なのだ。
まだブリュンヒルデと直接剣を交えていないリューヤやシルヴィがいくら大丈夫だと言ったところでその不安が拭えるわけがない。
彼女の実力を把握しているだろうクロードが勝利を約束してこそ、ピリアは安心できるのだ。
そんなことを考えていたせいだろう、リューヤは一瞬、ほんの一瞬だけ気を取られていた。
(……ん?)
足元に違和感を感じる。
明らかに先ほどまでとは床の感触が違う、視線を下にやると、足の下には何やら機械的なパネルが……。
(なんだ? この形状、どこかで見たことが……ま、まさか……)
思い当たりリューヤは仲間たちに声をかけようとするが……
遅かった。
リューヤの足元から光の柱が立ち上り、三人を包み込んだかと思うと次の瞬間にはもう彼らの姿は跡形もなく消えていたのだった……。
*
「しまった! 転移装置か……!!」
先ほどまでの通路とは違う広々としたホールのような場所、その中心でリューヤは一人、歯噛みした。
見渡してみても周囲には誰もいない、そう、誰も……。
クロードもシルヴィもそしてピリアも、その姿を消していた。
どうやら罠にかかってしまったらしい。
「くそ! なんで気づかなかったんだ!」
リューヤは自分を責めるがもう遅い、転移装置は発動してしまった以上、もうどうすることもできない。
一旦心を落ち着け、そして現状を確認する。
シルヴィ、クロード、ピリアの三人はどうやら別々の場所に転移してしまったようだ。
リューヤは一人きりでこの広いホールに取り残されてしまったらしい。
(分断して各個撃破が狙いか……)
どうやらまんまと敵の思惑に嵌ってしまったらしい。
(とにかくこんなところで考え込んでいても仕方がない、とりあえずみんなを探して――)
駆けだそうとしてすぐに足を止める。
カツーン、カツーン……と遠くから足音が聞こえてきた。
(敵か?)
リューヤは足音のしたほうに視線を向ける、するとそこには……。
「ほう、ランダムで転移させたのだが、どうやらオレは本命を引けたようだな」
そう言って現れたのは、長身で細身の男だった。
年齢は30代くらいだろうか、金髪を天に逆立てたような髪型で、切れ長の鋭い目をした男である。
男はゆっくりとリューヤに近づいてくると、不敵な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「初めましてだな、オレはトール。いちいち言わなくてもわかるだろうが、ユグドラシルの幹部の一人だ」
「トール、雷神か……。随分と大層なコードネームだな」
「ククク、オレはな、ユグドラシルの一員だが実は神話にはあんま興味はねぇ、だがこのコードネームは気に入ってる、雷神トール、最強の戦神の名、まさにオレの為だけにあるような名じゃないか?」
嬉々として語るトールに対し、リューヤは黙ったままだった。彼の額からは一筋の汗が流れ落ちる。
(強い、な……。クロードやシルヴィがこいつと戦う羽目にならなくてよかったぜ)
ランダムで飛ばされたとのことだが、偶然にもリューヤが引き当てたのは最強の雷神と謳われた男であった。
「どうした? そんな怖い顔をして。どうやら肌でオレの実力が分かるようだな」
「まあ、な……。だが、そんな余裕そうな表情してられるのも今の内だぞ?」
「ほう? 面白い、なら見せてもらおうか。A級ハンターの実力って奴をな」
トールは不敵に笑うと両手を上げボクシングのファイティングポーズに似た構えを取った。
「『ミョルニル』とか使わないのかい?」
「言ったろ、オレは神話にはあんま興味ねぇってな、オレの獲物はこの拳だけだ」
リューヤの軽口にトールはそう答えると、一気に間合いを詰め拳を繰り出したのであった!
*
「ああ、もうなによさっきの。うう~気持ち悪~」
そう言ってシルヴィは頭を振る。
転移装置によって彼女もまた見知らぬ広い空間へと飛ばされてきたのだが、転移酔いとでも言おうか、先ほどから目眩がしていた。
シルヴィはフラフラとした足取りで周囲を見回す。
「しかし、見事に分断されたわね……。リューヤはとりあえず無事として、クロード、そしてピリアはあいつの肩の上にいたし多分一緒の場所、おまけにあいつ覚醒したとか豪語してたし大丈夫なんでしょうけど、そうなると……」
シルヴィはそう呟くと、再び頭を振りながらため息を吐いた。
「はぁ~……。やっぱりあたしが一番ヤバい状況よね……。でも、やるっきゃない」
シルヴィがそう決意したその瞬間、遠くの方に見える扉がスッと開きそこから黒い影が入ってくるのが見えた。
「さっそく敵のお出ましってわけね! いいわ、掛かってきなさいよ! いくらでも相手に、な……」
と、そこまで言ったところでシルヴィは言葉を詰まらせる。
扉から入ってきた影は一つではなかったのだ。
しかも近づいてくるにつれその異様な姿が明らかになってくる。
「バ、バイオモンスター!? そういえば、ユグドラシルってバイオモンスター製造の大元締めだったわね、すっかり忘れてたわ……」
シルヴィは苦虫を嚙み潰したような表情で呟いた。
そう、扉から現れたのは人ならざる者どもの群れであったのだ。
「い、いくらでも来なさいとか言うんじゃなかった……」
だが、今更後悔しても遅い。シルヴィは覚悟を決めて戦闘態勢に入る。
「あたしを舐めないで! これでも毎日特訓してるんだから!!」
一言吠え、シルヴィは術を放つべく意識を集中させるのであった。
カオティックロード~混沌とした道を往くものたちの物語~ 影野龍太郎 @kagenoryutarou
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