第45話 ユグドラシル秘密基地

「やはりここか……」


 呟きながらリューヤは眼前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げる。


 ブリュンヒルデに取り付けたマーカーの反応を追って彼らがやって来たのはアルミシティ郊外にあるユグドラシルが所有する研究施設だった。


 大会前、ユグドラシルのアジトを探して彼らの各施設を回っていたリューヤたちであったが、その中でも特に警戒が厳重だった施設をいくつか真のアジト候補として絞り込んでいた。


 そして、その中でもっとも可能性の高そうな場所として目星を付けていたのがこの研究施設であった。


 だが確証を得られない以上は手を出せばこちらが犯罪者として処罰されかねないということで、アクションを起こせずにいたのだが、今回、その確証を得ることが出来た。


「あっ!」


 その時、ピリアが声を上げる。


「マーカーの反応が消えた、きっと気づかれて消されたんだよ……」


「て、ことはだ」


 言ってピリアの方に顔を向けていたクロードは再び施設に向き直ると続けた。


「オレたちが追いかけてきたのに気づいたって、ことだよな?」


「きっと今頃はアジトの入り口で待ち構えているかもね。どうする、リューヤ?」


 シルヴィが聞いてくる。


 彼女は不安そうな表情を浮かべているが、しかしその表情には強い意志も浮かんでいた。


 まだハンターとしては日が浅いというのに、すでにベテランハンターにも負けないほどの覚悟を持ちつつあるようだった。


「ここで待ってろ。なんて言っても無駄なんだろうな、お前たちは」


 リューヤの言葉にシルヴィは無言で頷く。


「シルヴィはともかくオレはあいつら、特にブリュンヒルデには借りがあるんだ。ぶっ飛ばさねえと気が済まないんだよ、オレが」


 クロードもシルヴィに同意するように言った。


「一応言っとくけど、もちろんボクも行くからね? ボクもブリュンヒルデには借りを返さなきゃなんないし……」


 さらに続けてピリアが言った。後半の部分はクロードやシルヴィには聞こえないよう、かなり声を抑えてだった。


 そんな二人と一匹の予想通りの返答にリューヤは口元に笑みを浮かべた。


「どうやら全員覚悟はできてるみたいだな。それじゃあ早速、突入するとするか」


 そう言ってリューヤはゆっくりと歩き出し、その後をクロードとシルヴィが追う。


 こうして、三人と一匹はついにアルミシティに渦巻く悪意の根源であるユグドラシルのアジトへと入っていくのだった……。





「失態だな、ブリュンヒルデよ」


 アジトの奥の一室、机の向こうからユグドラシルの総帥代行、オーディンが言った。


 その口調は静かだが、しかし有無を言わせぬ迫力があった。


 ブリュンヒルデは跪き、頭を垂れたまま何も言い返すことができない。


「ユーリ・ケーネルを使ったヴェルナー・クランツの抹殺、我らの名を全世界に知らしめるという計画の失敗、これは我らの調査不足も原因である、したがってお前だけを責めはしない、しかしだ、この件に関しては紛れもないお前の失態だ」


 そう言ってオーディンは机の上に置かれた装置らしきものの横をトントンと人差し指で軽く叩く。


「このようなマーカーが取り付けられていることに気づきもせずのこのことアジトへ戻ってきおって、おかげで奴らに我らの存在を気取られてしまった。これを失策と言わずになんと言おうか、何か弁解はあるか?」


 オーディンの詰問にブリュンヒルデは黙って頭を垂れたばかりであったが、やがて口を開いた。


「いえ、弁解の余地もございません、この上は全力を尽くし奴らを殲滅し、汚名を返上してみせます……」


「その言葉に偽りはないな? 奴らにこの部屋の扉を開かせることは、万に一つも許さぬぞ?」


 オーディンの眼光がさらに鋭さを増す。


 その眼力だけで人を石に変えてしまうのではないかと思えるほどの迫力だった。


「わ、わかっております。幸い奴らはこのアジトに真正面から突入するという愚策をとろうとしている様子、張り巡らされた必殺の罠とこの私率いる精鋭部隊にて迎え撃ち事態を収拾いたします」


「果たしてそう上手くいくんでしょうかね?」


 その時である、いつの間に入って来たのか、部屋の隅に一人の男が佇んでいた。


「ロキか、何の用だ? 今はお前にかまっている余裕は無い。用件なら後で聞いてやる」


 ロキと呼ばれた男はオーディンの言葉には答えず、そのまま続けた。


「ブリュンヒルデちゃんは、一度クロード・トゥームスに後れを取っているんでしょう? それに、聞いた話じゃ奴らの中にはあのA級ハンターリューヤ・ヒオウがいるとか。そんな連中を相手取るには、ちょっとばかり分が悪いのでは?」


 その言葉にオーディンは眉をひそめる。このロキという男は、普段は飄々としてつかみどころのない男であるが、その反面非常に頭が切れ、謀略や戦略に於いてはオーディンすらも凌ぐほどの策士である。


 その彼がこう言うのだ、ブリュンヒルデには不利な状況なのだろう。


「つまり別の者も奴らの排除に当たらせるべきだと言いたいのだな?」


 オーディンが静かに確認すると、ロキは小さく含み笑いのようなものをした。


 それを肯定と受け取ったのか、オーディンは腕を組んでしばし考え込む様子を見せた後、再び口を開いた。


「いいだろう、貴様の進言を聞き入れてやろう。トールとシグルドリーヴァを向かわせることにする」


「ト、トール様、そしてお姉さまも……!?」


 その名に、それまで黙り込んでいたブリュンヒルデが弾かれたように顔を上げる。


 トール――神話からそのコードネームを拝借しているこの組織に置いて雷神の名を冠されるその男は、ユグドラシルの最高幹部の一人にして最も脅威的な力の持ち主であった。


 そして、ブリュンヒルデの実姉であるシグルドリーヴァ、その実力は彼女の数倍は上と言われている。


「どちらにせよお前が失敗したらその二人が出ることになるのだ、ならば最初から二人を動員したほうがよかろう」


 もっともな意見であるが、彼らには来るべくディオスコネクションとのラグナロクに向けて力を蓄える役目がある。


 それを考えればこのオーディンの判断は軽率と言えた、しかし……


(お二方の力添えが欲しいのは確か、だ……)


 ブリュンヒルデは逡巡する、クロードの力が前回と同程度のままなら彼女の勝利は固いだろう、しかし、楽勝というわけにはいくまい。


 疲弊したところを他の連中に襲われたら元も子もない。


 となれば、状況を見てあの二人を呼んだほうがいいだろう……。


 二人に協力を求めることを決断したブリュンヒルデは徐に口を開いた。


「分かりました、お二方には私から連絡をいたします」


「うむ。では行け」


 オーディンは即答した。


 そして、命令を受けたブリュンヒルデは再び頭を垂れ退出していくのだった……。


「さあて、どうなりますやら」


 部屋を出ていく直前に聞こえたロキの呟きは、どこか楽しげな響きを含んでいた……。

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