第44話 対峙する者たち
ほんの少し時間はさかのぼり、ヴェルナーがユーリの術を打ち破りシルヴィがはしゃいでいた直後。
ピリアは不可思議な魔力の波動を感知し、その出所を探っていた。
(ユーリに向けて誰かがテレパシーを送ってる! きっとユグドラシルの一員……おそらく、ブリュンヒルデだ! つまり、この会場のどこかにあいつが来てるんだ!!)
そう考えた途端、全身に鳥肌が立ち、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。
この間自分に恐怖と屈辱を味わわせてくれた冷血の美少女のことを思い出すだけで身体が震え出す。あの恐ろしい存在がすぐそばにいるかもしれないと思うと居ても立ってもいられなかった。
一刻も早く見つけなければという焦燥感に駆られたピリアは、視線を巡らせる。
「どうしたピリア? 何か感じているのか?」
ピリアの様子がおかしいことに気づいたリューヤが心配そうに尋ねてくる。
それに対しピリアは一言、「敵だよ」とだけ答え再び神経を集中させる。
「敵って、ユグドラシルの奴が来てるのか? ユーリ以外に」
クロードも尋ねてくるが、ピリアはそれを無視してテレパシーの出所を探り続ける。
シルヴィもピリアの様子に気づいた様子で視線を投げかけてくるが、集中の邪魔になると考えたのか黙っていてくれた。
そしてついに、ピリアはその出所を突き止めた。
「西側観客席、Wの232付近!」
ピリアが叫ぶと同時にリューヤはむんずとその体を掴み自分の頭の上に乗せると、全速力で駆け出した。
観客たちの頭上を飛び越え、柵を軽々と飛び越え、リューヤたちは一直線に駆け抜ける。
観客たちの興味は試合に行っており、誰もリューヤたちの行動には気づいていないようだった。
そして、今まさにヴェルナーに対して降参したユーリを始末しに飛び立とうと羽を広げたブリュンヒルデにクロードが素早く抜刀し斬りかかった。
「ちっ、躱されたか!?」
しかし、クロードの剣は空を切り、舌打ちしながら体勢を立て直す。
一方、攻撃を回避したブリュンヒルデはキッとクロードを睨みつける。
「クロード・トゥームス!? しまった! いつの間にここまで接近していたのですか!?」
「あんたがブリュンヒルデね、この間はクロードが随分お世話になったそうね!」
クロードが答えるより早く、一歩遅れて現場に駆けつけたシルヴィが怒りの形相で睨みつけると、ブリュンヒルデも睨み返しながら、しかし冷静さを取り戻したような口調で答える。
「これはこれは、初対面だというのに人を指差したりして失礼なお嬢さんですね。レストナックインダストリーの会長令嬢は礼儀も知らないのですか?」
そう言って嘲笑してくるブリュンヒルデに対し、シルヴィは目を見開く。
「あ、あたしの素性も知ってるの!?」
「もちろん、あなたとクロードさんについては調べが付いていますので。……そちらの殿方の事は知りませんがね、保護者の方ですか?」
ブリュンヒルデはシルヴィの横に静かに並んだリューヤを一瞥すると馬鹿にしたような口調で言いながら鼻を鳴らす。
「そうか、やはり俺の存在は知らなかったんだな。ギルドから情報を得ているという推測は正しかったわけだ」
リューヤはニヤリと笑う。
その言葉にブリュンヒルデは表情を険しくするも、逆に笑い返し悪びれるでもなく言った。
「ハンターギルドには我らのスパイを潜り込ませています。ヘムシティでバイオモンスター討伐の依頼を達成したハンターを調べるのなど簡単でしたよ? あなたのような方がいるという情報は得られませんでしたがね」
「俺は成り行きで二人に協力してるようなもんだからな。それに、いくらスパイでもA級の情報は簡単には得られないだろ?」
「A級……? あなたがA級ハンター?」
リューヤの言葉にブリュンヒルデは眉を顰める。
「そうよ! 彼こそA級ハンター、現在幻の階級S級に最も近いと言われてるハンターギルドのエース! リューヤ・ヒオウよ!!」
何故かシルヴィがずずいっと身を乗り出して誇らしげに言う。
思わず苦笑するリューヤだったが、A級ハンターの名はブリュンヒルデに効果があったようだ。彼女はリューヤを睨みつけながら言う。
「リューヤ・ヒオウ……あの……!? くっ、道理でどこかで見た顔だと……。これはまずいですね、クロード・トゥームスだけではなくこんな奴までいるとは……」
「クロード、どうやらあいつ君が勇者の力を自由に使えると思ってるみたいだよ? かなり警戒してる」
ピリアがリューヤの頭の上からブリュンヒルデに聞こえないような小声でクロードに耳打ちする。
「そうだな、ある意味ラッキーなのかな……?」
クロードは苦笑いを浮かべながら呟く。
弱いと油断してくれた方がありがたい気もするが、同時に恐れをなして逃げてくれる可能性も期待できる。
いずれにせよ、このチャンスを逃す手はない。
クロードは覚悟を決めると、再びブリュンヒルデに向けて剣を構える。
リューヤとシルヴィもそれぞれいつでも動けるように構え、ピリアは自分の存在を気取られないよう、リューヤの頭の上でただのペットのふりをしていた。
「これは少々不利……。どちらにせよ、こんなところで戦って騒ぎを大きくするのは避けたいところ……ここは退くことにしましょう!」
流石に四対一では勝ち目はないと踏んだのか、そう言うとブリュンヒルデは素早く羽を広げ飛び立とうとする。
逃がすまいと飛び出すクロードだったが、瞬間ブリュンヒルデの全身が光り輝き、辺り一面が光に包まれる。
眩しさに思わず目を閉じるリューヤたち、光が収まる頃には既にブリュンヒルデの姿は無かった。
「ちくしょう! 逃げられた!!」
悔しがるクロードだったが、その肩にリューヤがポンと手を置く。
「大丈夫だ、おかげで奴らのアジトの場所が分かった。後は突入して潰すだけだ」
「え? どうして!?」
驚くクロードにリューヤは説明する。
「さっきシルヴィがあいつに俺の名を教えて気を引いていた時、俺はあいつにこっそりとマーカーを付けておいたんだ。これを使えば、どこに逃げても追跡できる」
「さっすが! 抜け目ないわね!!」
リューヤの言葉にシルヴィが嬉しそうに飛び跳ねる。
「そ、そうか! よし、なら早いとこ追跡しようぜ! 何時気づかれてマーカーを消されるか分からないからな!!」
クロードは慌ててリューヤの腕を掴む。
しかし、そんな彼をとどめたのはピリアの一言だった。
「ユーリの事は放っておいてもいいの? あいつもユグドラシルの一員だし……」
クロードはハッとして競技場に視線を向ける。
「あいつの事なら放っておいてもいいだろう。ヴェルナーに実力差を見せつけられたおかげでプライドはズタズタ、もう戦う気もなくしただろうし、あの状態じゃユグドラシルに戻る気力も残ってないだろうしな……」
リューヤの言葉にクロードは少し安心した様子を見せた。
「そうだな、あいつは放っておけばいいか……それより今はあいつらを追いかけよう!」
そう言ってクロードは走り出した。
続いてシルヴィがそれを追った。
リューヤは二人に続けて走り出そうとするが、その前に競技場の中央で未だ興奮冷めやらぬ観客の声援に答えているヴェルナーに視線を向ける。
(ヴェルナー・クランツか……。奴の恐るべき実力がなければユグドラシルは目的を達成し、世界は奴らの思い通りになっていたかもしれない……。感謝しなければな……)
心の中で礼を言うとリューヤも二人の後を追ったのだった……。
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