第43話 決着、そして観客席では……
「あ、あうあう……」
リングでは、既に勝負が決まり絶望に染まった瞳でヴェルナーを見るユーリの姿があった。
あの絶対防御不可能の裏の技術すら防がれてしまった、どう足掻いてももう勝てっこない。
「老婆心ながら一つ忠告させてもらうけどな、ああいうのはやめた方がいいぜ? そのうち自分にも跳ね返って来るから」
そんなことを言いながら二ッと笑うヴェルナーだったが、ユーリにはその笑顔は悪魔のそれにしか見えなかった。
今ユーリの頭の中を埋め尽くすのは、恐怖、後悔。そして絶望だ。
(怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い!!)
体はガタガタと震えており、冷や汗が止まらない、ユーリは心の中でブリュンヒルデに呼びかける。
『ブ、ブリュンヒルデ様……た、大会で優勝したんです……も、もう充分ですよね……ユ、ユグドラシルの名前は十分世に知らしめましたし、これ以上はもう……』
もはや完全に心が折れてしまっている、ユーリは完全に戦意を喪失していた、無理もない、今まで培ってきた自信やプライドが木っ端微塵に打ち砕かれてしまったのだから。
しかし、そんな彼にブリュンヒルデは非情な言葉を返す。
『それでは意味がないのです! 世界一を上回ったという圧倒的実績がなければ、世界の掌握など夢のまた夢! ユーリ、死になさい! 死んでも戦い続けなさい!!』
『そんな……僕は……僕は……』
前方からはヴェルナーが歩み寄り、心の中ではブリュンヒルデが彼に死ねと命じている、まさに板挟みの状況だ、どちらを選んでも地獄しかない、ユーリの心は崩壊寸前だった。
(違う……生き残る方法はあるんだ、もう遅いのかもしれないけど……)
ユーリはバッと膝を突くと頭を地面に擦り付けながら土下座をした、そして叫ぶように懇願する。
「こ、降参します!! もう許してください!! お願いします!!」
それは完全な降伏宣言であった、それを見た観客たちは唖然としていた、まさか圧倒的力で優勝を勝ち取った少年が惨めに敗北を認めるとは思ってもいなかったからだ。だが、それも無理はない、あの力を前にすれば誰だってそうなるのだ。
ユーリにはもはや恥も外聞もユグドラシルに対する忠誠心もなかった、あるのはただ生き延びたいという生存本能だけだった、そのためならばどんな屈辱にも耐えてみせる覚悟があったのだ、それほどまでに追い詰められていたのだ。
『ユーリ! 何を……』
『黙れ! 僕はもう戦わない、死ぬのも嫌だ!! 世界征服でも何でも勝手にやれ! 僕をこれ以上巻き込むな!』
『ユ……』
ブリュンヒルデはなおもユーリの心に語り掛けてくるが、ユーリはそれを拒絶する、テレパシーを強制遮断するとその場にうずくまった、そして頭を抱えるとガタガタと震え始める、その姿はまるで怯えた小動物のようだった、そんなユーリに対してヴェルナーは頬をポリポリと掻きながら呆れたような口調で言う。
「おいおい、そこまでしなくたって普通に降参すりゃもう追い打ちかけたりしないって。お前、俺を鬼か悪魔と勘違いしてねぇか?」
ユーリは涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げ、「え?」と聞き返す、その顔は恐怖と安堵が入り混じったような何とも言えない表情だった。
「いや~、悪い悪い、俺もついムキになっちまった。学生相手に我ながら大人げなかったな、悪かったよ少年、ビビらせて」
ヴェルナーはそう笑いながら言うと、司会席の方に顔を向ける。
「あ、え、えーと。こ、降参です。ユーリ選手降参!! 世界一の貫録を見せたヴェルナー・クランツ選手がこのエキシビジョンマッチを制されました!!」
司会者が戸惑いながらも宣言する、それを聞いた観客たちは一瞬沈黙していたがすぐに歓声を上げるのだった。
「これが世界一! これがヴェルナー・クランツ!! ユーリくんも世界の広さを知ったことでしょう! しかし、この敗北こそが彼にとって更なる成長に繋がるはずです! さあ、皆さん盛大な拍手を!」
司会者の言葉に合わせて観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こる、それは勝者への賞賛だけでなく敗者への労いも含まれていた、その拍手の音を聞きながらユーリはただ命が助かった安堵感に包まれていた。
(僕はもう二度と戦わない……今後一切ユグドラシルとも関わり合いを持たない……世の中には絶対に触れちゃいけない存在がいるんだ……僕はそれを思い知らされた……)
ユーリは心の中で呟く。そして、田舎に帰り、ひっそりと暮らすことを決意するのであった。
「馬・鹿・者がぁぁぁぁ……!」
観客席では、ブリュンヒルデがギリギリと歯ぎしりしながら悔しげに吐き捨てる、ヴェルナーを殺せなかったばかりか無様に土下座までして許しを乞うとはなんと情けないことか……!
「ユーリ・ケーネル……あなたは我らの恥です、ここで、死になさい……」
そう言いながら、ユーリの元へ飛び立とうとするブリュンヒルデだったが、突如横手からの殺気を感知すると身を翻した。
すると、彼女がさっきまでいた空間を剣の切っ先が通過していった。
「ちっ、躱されたか!?」
舌打ちする声が響き渡り、そちらに目を向けるとそこには一人の少年が立っていた。
「クロード・トゥームス!? しまった! いつの間にここまで接近していたのですか!?」
驚きながらその名を呼ぶと、ブリュンヒルデは鋭く睨み付けながら身構えるのだった。
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