第42話 絶望する天才少年
リング上では、ユーリが未だにショックから立ち直れないでいた。
天才と持て囃され、この大会でも圧倒的余裕をもって優勝した自分の全力を込めた一撃が全く通用しなかったのだから無理もないことだろう。
そんなユーリの脳内に突如響く声があった。
『何をやっているのですか! 攻撃をかわされた程度で
ブリュンヒルデからのテレパシー通信である。いつもの冷静な口調ではなくヒステリックな声音から彼女も相当焦っていることが窺える。
『ブ、ブリュンヒルデ様……しかし、こんなの僕は聞いてません……あいつは単なる表世界のチャンピオンのはずなのに……ユグドラシルの全術士が束になったとしても敵わないような化け物だなんて……』
ユーリの目の端には涙が浮かんでおり、今にも泣き出しそうだ。
だが、そんな彼に対して更なる叱咤が飛ぶ。
『泣き言を言う暇があったら早く攻撃しなさい!! あなたも言うように彼はしょせん表の存在! 裏の技術を駆使すれば勝機はあります!』
確かにその通りだった。いかに相手が強大であろうと所詮は人間だ、それにヴェルナーに裏の術士に匹敵するほどの魔力があったとしても技術まではそうではないはずだ。
表で生きてきた者には決して使えない裏ならではの技術もユーリは習得しているのだ、それを駆使すればまだ勝機はあるはずだ。
ブリュンヒルデの言葉でなんとか気を取り直したユーリは己を奮い立たせ再び魔力を練り始める。
(よ、避けたってことは要するに当たればダメージ受けるって事だろ!? ならこれならどうだ!)
ユーリの周囲に無数の魔力弾が生み出される、これは彼の意志によって自由自在に動き回り決して標的を見失うことはない、しかも一つ一つの威力はかなり高い。
この技を受けて無傷でいられる者はまずいないだろう。そして一斉に発射される。
「よっと」
「あぐっ……」
目の前で起こった光景にユーリは呆然としていた、なんとヴェルナーはまるでハエでも叩き潰すかのように無造作に素手で、魔力弾をバチンと弾き飛ばしてしまったのだ。
信じられない出来事にユーリは言葉を失う、理屈はわかる、手に防御の魔力を込めているのだろう、しかしそれでもあんな簡単に防ぐなんて普通は無理だ、やはりこいつは普通じゃない……
しかし、なんとか気力を振り絞りユーリは再び攻撃を繰り出そうと片手を突き出す。
だが、次の瞬間ドン! と言う音と共に彼は後方に吹き飛ばされていた。
一瞬何が起こったのか理解できなかった、だがすぐに理解する、ヴェルナーが何かしらの術を放ったのだ。
呪文も魔力の集中も何も感じなかったが、恐らく衝撃波のようなものだろう。
その証拠に凄まじい衝撃と共に自分の体が宙を舞っているのがわかる、そのまま数メートル程飛ばされて地面に激突し、更にゴロゴロ転がっていく、そしてようやく止まった時には体中ボロボロになっていた。
痛みに耐えながら顔を上げる彼の視線の先には微笑を浮かべているヴェルナーの姿があった。
「そっちばっか攻撃するってぇのは、フェアじゃねぇよなぁ?」
軽い口調で言ってくる彼に恐怖を覚える、ユーリは自分が今とんでもない怪物を相手にしているのだという事を改めて思い知らされていた。
古の時代に存在したという魔王、それと対峙した一般人はおそらく今の自分と同じことを思っただろう。こんなのとどうやって戦えって言うんだよ、と。
しかし、まだユーリの気力は尽きてはいなかった、ヴェルナーが攻撃をしてきたのは自分が使おうとする術を警戒してのことに違いない。
そう考えた彼は、再び魔力を集中させ始めた、今度は先ほどよりも更に多くの魔力を練る、すると彼の周囲の空気が変わるのを感じた。そして……
(見せてやるよ、これは表だろうが裏だろうがどんな技術をもってしても絶対に防げない!)
「はあああっ!!」
気合と共に両腕を突き出すと、ヴェルナーの周りの空間が歪んでいき闇が出現した。
「な、なんだあれ!?」
「きゃあっ、こわ~い!」
観客たちが見たことのない現象にどよめく。
彼らが驚くのも無理はない、これは門外不出の裏の秘術の一つなのである。
術といっても性質としては呪術に近いものであり、相手に死の呪いを与える禁忌の術なのだ。
防御、回避、絶対不可能、あの闇が体内に侵入した瞬間、相手は即座に死亡する。
「食らえええええ!」
名すら与えられていない呪法が完成され、ヴェルナーの身体を包み込んで行くのを確認すると、ユーリは勝利を確信し再びあの邪悪な笑みを浮かべた。
「きゃあああああっ!!」
観客席の一角では、シルヴィが再び絶叫を上げた。
しかしそれも無理もないだろう、今度こそヴェルナーの死を確信したのだから。
術を嗜むものならユーリが繰り出したあの術の恐ろしさは理解できるはずだ。
あの技をまともに受ければ、どんな生物であろうと確実に死に至るだろう。
(くそっ、希望が見えたと思ったのに……やっぱユグドラシルは甘くなかった……)
クロードは悔しそうに顔を歪めながらそう考えていた。
「どんな魔力を持っていたとしてもヴェルナーではあれは防げないだろうな、あんな術まで使うとは……」
リューヤが硬い表情でそう呻く。
「ああ」と彼の言葉に同意してから、クロードはふと彼の言葉に疑問を覚えた。
ヴェルナーでは、とリューヤは今確かにそう言った、それはまるでヴェルナー以外の誰かならあの絶対防御不可能の技を防ぐことが出来るとでも言っているかのようだ。
もう少し言うなら、彼の言葉の中には自分ならあの術を防げるとでも言いたげなニュアンスが含まれているように思えたのだ。
(リューヤさんは術士ではないはずだろ? むしろ誰よりもあの手の攻撃には弱いはずじゃないか……それなのに何でそんなことを言うんだ?)
リューヤが術を使っているところなど今に至るまで見たことがない、それはすなわち彼の術士としての適性がかなり低いということを示唆している。
そんなリューヤにあの術を防げる要素があるとは到底思えないが……。
クロードがそのことを尋ねようとした瞬間、会場から大きな歓声が上がる。
慌てて視線をリングに戻すとそこには……無傷で立つヴェルナーの姿があった!
クロードの、そしてリューヤの予想も裏切り、彼は術を防いだのだ! これには観客たちも大盛り上がりだ。
「きゃーーーーー!! 凄い、凄いわーーーー!!! 流石ヴェルナーーーー!!」
安堵のため息を吐きつつ、横から聞こえてくる高周波にクロードは頭が痛くなった。
ファンなのはわかるが、いちいち一喜一憂しすぎだ。
「何よ、変な目で見て? それより試合に集中しなさいよ、ほら、ヴェルナーの……世界一の戦いをしかと目に焼き付けないと!」
視線に気づいてかそんな事を言ってくるシルヴィにクロードは小さくため息を吐く。
「はいはい、わかってるよ」
そして、適当に返事をすると彼は試合へと意識を向けた。
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