第12話 鬼婆

 玄関開けたら二度と来ないと思っていた丸頭。それも見るからに怪しい集団を引き連れて来たのを見たなら――。

 鈴子は即、扉を閉めた。

 途端にうるさくベルが鳴らされ、チェーンをしてから開けつつ、唸るように叫ぶ。


「っるさい! 真っ昼間だからって騒いで良いわけじゃな――ぬおっ!?」

 薄く開いた扉にねじ込むようにして侵入した手が、こちらの話を聞かずに開けようとしてくる。もちろんチェーンに阻まれるのだが、何故か向こうは意外そうに言う。

「なんでチェーンなんかしてんだよ!」

(そりゃ、こういう場面を想定したから、なんだが……)


 それにしても、扉越しに伸ばされる丸頭のモノと思しき腕が気持ち悪い。

 必死に何かを掴もうとしていて、このまま扉に体当たりして止めてやりたいほど。

 実際それをやっては傷害罪を被りそうなので、思うだけに留めるが。


「で、何しに来たんだい、そんな大勢引き連れて」

 ぱっと見、そして今、扉の隙間の丸頭の後ろからチラチラ見える連中の格好は、どれもマンション内では浮くような、風変わりなものだった。

 ひとまとめにするにも難しいが、予測できる職は神職、坊主、占い師……。

 ピンときて振り向いた鈴子は、そこに佇むゴウの姿を見る。

 いつも通り、こちらをじっと見つめる深淵の瞳。


(つまり……あの野郎が懲りずに尋ねて来やがったのは、そういうことか)

 ゴウを祓うため。

 そして、理解に苦しむところではあるが、どうやらこの言動から、丸頭は鈴子を助けるつもりらしい。

(……冗談じゃない)


 引っ越し初日、瑕疵物件を宛がわれた恨みが再燃した。

 その”瑕疵”とは、それなりに上手くやっているとはいえ、ソレはソレ。

 この丸頭に感謝する点など、鈴子には少しもない。


 どう追い払ってやろうかと思っていれば、突然、丸頭越しに何かが飛んできた。

「っ!」

 避ける間もなく当たったのは、白い塩。

 続けて液体が掛けられた。

(この匂いは……酒かい)

 清めの塩と酒と言ったところか。

 途端に鈴子の頭がスッと冷えた。


「お、おい! お前ら、何を勝手に――!!?」

 扉から遠のいた丸頭を追い、チェーンを外しては顔の下半分を鷲掴む。

 丸縁サングラスの目の奥が驚愕に見開かれるのをニヤリと笑えば、既視感があるだろう丸頭が引き攣った呻きをあげた。


「なっ、何を!? 彼は貴方を助けようとして、こうして我々を――ひっ」

 一番近くでこれを見ていた一人が、鈴子を非難しようとするのを睨みの一つで黙らせると、上げた口角はそのままに、努めて優しい声音で言ってやる。

「助ける? 誰がそんなことを頼んだ? うん? 言ってご覧よ。ほら、早く。言えるものなら、ねぇ?」

 青ざめる一方の丸頭に、舌舐めずりする勢いで笑いかける鈴子。

 掴む力を強めたなら、他方からまた止める声が聞こえた。


「や、やめなさい! それ以上は警察を――」

「ああ? 呼べよ。呼べばいいだろう? 婆一人によってたかって塩と酒ぶっかけといて、どう弁明するのか間近で見といてやるから。……大体、何がなくたって、警察を呼んで困るのはアタシじゃないよ、ねぇ?」

 丸頭に促せば、周りの方が動揺する。

 

 そうして真っ昼間の襲撃者たちを追っ払った鈴子は、滴る酒を拭いもせず、ゴウへ向かって言う。

「ゴウ、塩を持っといで! ったく、酒臭いったらありゃしない!」

 続け様、丸頭へ悪態をつく鈴子に、ゴウは何か言いたげな顔をするのみ。

 その後、塩はもったいないし後片付けが大変だと、結局撒かれることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ババジャス かなぶん @kana_bunbun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ