第23話 連休最終日、東京駅にて

ギャラリーを後にした乙弥おとやは、足早に東京駅へと向かっていた。


「のう、乙弥。列車なんぞより縫飛ぬいとびで行った方が早うないか?」


「……昨日の調伏ちょうふくの時秋山しゅうさんに乗って飛んでたのがみられてたみたいで、ネット記事になってるんだよ」


背後に浮かぶ秋山に見せるように、乙弥が携帯電話を振る。


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「カラフル忍者、とな」


「そう。だから今は目立ちたくないんだよ」


などと言いつつ、乙弥は縫飛を応用した歩行法で人混みをするするとすり抜けていく。

常人の倍のスピードで移動できる方法だ。多少悪用……もとい、有効利用するぐらいは許されるだろう。


「乙弥さーん!」


「おせぇぞ乙弥!」


新幹線改札口の方から、まもる花道はなみちの声が聞こえる。


「……あれ、まだ美卯みうさんは来てないんですか?」


「今はあちらでけんさんとお土産を見ています」


「ま、お土産選びなんて口実だ。こっちにいる間『狐憑き』にかかりきりだったし、夫婦水入らずの時間ぐらい作らにゃ馬に蹴られるぜ」


ショーウィンドウを覗き込む美卯を見守る剣の姿は、白髪混じりの髪も相まって、何も言われなければ親子のように見える。


「……しあわせなんですかね。剣さんも、美卯さんも」


「順番が逆だ。幸せになるために結婚するんじゃなくて、結婚して、子どもを一人前に育てて、人生の仕事が全部終わった最期に『ああ、幸せだったな』ってなるのが言霊師おれたちなんだよ」


従姉妹のたまきを嫁に出す身として、花道にも思うところはあるのだろう。


「まあ、そういう考えもアリだが……惚れた相手についていくのも楽しいぞ?青年」


背後から肩を叩かれ、乙弥と花道はとっさに守護刀まもりがたなに手をかける。

振り返ると、そこにはいわゆる「キレイめ」なセットアップに身を包んだ女がいた。


(いつの間に……!?)


「少年。今、『いつの間にこのハイパー美女は僕の背後を取ったんだ』と思ってるだろう」


「いえ、そこまでは……」


乙弥より目線が高い。ヒールの高さ含めて身長170cmはあるだろうか。


(誰だかわからないけど、どことなく亨子きょうこさんに似てる気がする)


「少年はワタシを知らないと思うが、ワタシは少年を知っているよ?木戸きど、乙弥クン」


「!どうして僕の名前を――」


女がいたずらっぽく微笑む。左目だけ義眼なのか、目線が合わないのが不気味だった。


揶揄からかうのはその辺りにしておけ、ぎょく


剣が東京銘菓の紙袋で小突く。その様子から、2人が気心知れた仲であることが伺える。


「怯える必要はない、乙弥。此奴こいつは玉。私の妹だ」


篝火かがりび玉だ。よろしく。といっても、もうすぐ麟堂りんどうになるけどね」


玉と呼ばれた女の左薬指には、プラチナの指輪が輝いていた。


「ところで、美卯少女はいるかな?」


「はい?なんでしょうか」


剣の背後から美卯が顔を覗かせる。


「うん、ちょっとこっちに来てくれ。あとは……大仁ひろと少年!」


玉が声を張ると、人波がざっと開いた。

人波の間に開いた道を、2人の青年がこちらに歩いてくる。


1人は明るい長めの茶髪と琥珀色の瞳が印象的な、少年と言っても差し支えない年頃の青年。

もう1人は身長190cmを越す長身で、短い銀髪と灰色の瞳の青年。

2人とも息を呑むほど整った容姿で、彼らを見た瞬間誰もが思わず足を止めていた。


「玉どの、あまり大きな声で呼ばないでいただけますか?恥ずかしい……」


「すまないね。さて、早速で悪いが指輪を貸してくれないか?大仁少年」


玉の頼みに大仁は眉を顰め、隣にいる銀髪の青年に視線を向ける。

青年は静かに、そして力強く大仁の背を押した。


「……ちゃんと返してくださいね」


「もちろんだとも」


大仁がネクタイを解き、シャツの胸元からネックレスを引き出す。銀色のチェーンには、煤けた金の指輪が通されていた。

指輪を受け取った玉は左手に指輪を握りしめ、目を閉じる。

それと同時に銀髪の青年が玉の右手を握りしめ、美卯に空いている方の手を差し出した。


「彼の手を握ってくれないか、美卯少女。そうすれば、私の視ているものが視えるはずだ」


篝火家の三つ子には、それぞれ特別な力がある。

長男の剣は未来を視る力。

長女の鏡子きょうこは千里眼、すなわち現在を視る力。

そして――次女の玉は、過去を視る力。


「……ええんですか。うちが、視ても」


「キミに視てほしいんだ。これはきっと、キミを東京まで駆り立てた思いに対する、答えだから」


美卯がおずおずと青年の手を握る。それと同時に、大仁が指輪を握る玉の手に自らの手に重ねた。

目を閉じて、手を繋ぐ4人の男女。宗教儀式めいた異様な光景だ。


「秋山。玉さんが視ているものを、僕も視れないかな?」


「えいぞ。そんぐらい容易いことじゃ」


秋山が玉の頭に左手を置き、右手を乙弥の頭に置く。

瞼を閉じると、乙弥の眼前には武家屋敷の庭が広がっていた。


(これが、あの指輪の過去……?)


鈴の音と共に、視界がぐるりと回る。

朗々と唄う男の声と、四方で焚かれている篝火。この指輪を着けた人物は、神楽を踊っているのだろうか。

唄が止み、視界に1人の女性が映る。その胸には山吹色のおくるみに包まれた赤ん坊が抱かれていた。


『お忙しい中ありがとうございます、御本家様ごほんけさま


指輪の主の大きな手が、赤ん坊の小さな頭を撫でる。理屈は分からないが、柔らかな茶色い髪の感触がする。


『そう畏まるな、月乃つきの。我が妹鶏華けいかの友とあれば、我が友と同じよ』


(月乃……先代の手奈土てなづち家当主で、美卯さんの、お母さん)


『御本家様もご多忙でしょうに、何故わたくしめのような者のために秘伝の神楽を?』


『……オレにも、その子と歳の近い息子がいる。だから解るのだ』


先程までの朗々とした力強い唄声とは打って変わって、優しい声色だった。


『病気がちの子に己がしてやれる事はないのかと悩むのも、もっと強い体に産んでやれたのではないかと悔やむのも。だから、御前の頼みに応えた』


社の中に飾られた鏡に、赤毛の偉丈夫が映る。


「っ、ちちさま……!」


脳内に直接響く声とは別に、震え声が聞こえる。

目を開け意識を現実に戻すと、乙弥の横で大仁が静かに涙を流していた。


(今、御本家様のことを父様って……ということは、この子が今の御本家様!?)


御本家様とは五行家、ひいては全ての霊者れいじゃを統べる者。偉大で、超人的な存在である。

その御本家様が、父を思って泣いている。


(なんか、僕が思ってた御本家様と全然違う……普通の10代って感じだ)


『……御本家様。先程の清めの神楽、わたくしめに教えていただけないでしょうか?』


脳内に再び月乃の声が響き、乙弥は慌てて目を閉じる。


『構わぬが、覚えてどうするのだ?』


『教えてやるのです。この子――美卯に』


指輪の主の指を、赤ん坊が握りしめる。花の咲いたような笑顔だった。


瑞獣ずいじゅう家の神楽は高度な霊的術式だ。教えたとて、習得できるとは限らんぞ』


『美卯ならば、必ず神楽を使いこなせます。だって……』


月乃が赤ん坊の頭を愛おしそうに撫でる。


公明きみあきさんの、子ですから』


唐突に意識が東京駅の雑踏に引き戻される。玉が指輪を大仁に返したのだ。


「……『自分は手奈土公明と手奈土月乃の子ではないかもしれない』なんて疑いは晴れたかね?美卯少女」


美卯の方を見遣ると、涙ぐみながら守護刀を胸に抱いていた。


「おたあさん……!」


新大阪行きの新幹線到着を告げるアナウンスと共に、言霊師たちの長いゴールデンウィークが終わった。

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かみよもきかず外伝 いまはむかし 黒井咲夜 @kuroisakuya

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