第6話 葛城くんは遠くて近い

 同窓会の日。

 私は朝から葛城くんの部屋にいた。

 着る機会がないと思っていた、葛城くんに選んでもらった青いワンピースを着ている。


 なぜ? どうしてこんなことに? と聞きたいのは私のほうだ。

 葛城くんのお姉さんの手によって、メイクとヘア・アレンジをされている。


 メイクをする距離の近さに緊張して、私はカチコチに固まっていた。 

 美人系なのにぽってりした唇がキュートなお姉さんは、何の香水かはわからないけどものすごく良い匂いがする。

 お姉さんはメイクアップアーティストのお仕事にしているそうだ。


 葛城くんは出発時間があるから、時計を見てお姉さんをせかしている。

 だけど、新しいおもちゃを手に入れた表情で、お姉さんはご機嫌で聞いちゃいない。


「まさか、清人に彼女ができるなんて……ふふふ、お肌がツルツルで可愛い。色白だから、ピーチピンクの口紅が良く似合うわ」


 なにげに聞こえてくる会話では私が葛城くんの彼女ってことになっていて、誤解だとも言い出せず、落ち着かなくてソワソワしていた。

 彼女じゃないけど、彼女って誤解されても良い……なんて思う私をお許しください。

 ちっともイヤじゃないから、否定できなくて困る。


 この部屋に入るのも、ちょっとだけ慣れた。

 葛城くんの部屋は同じ間取りなのに、ファンシーな小物のあふれている私の部屋と違い、男の人らしいシンプルな雰囲気だ。


 葛城くんが般若モードでやってきたあの日から、時々、お互いの部屋を行き来している。

 コレは、私に都合の良い夢か脳内妄想かもしれない。

 なんて思っていたけれど、あれから何日も経つのに、ちっとも夢から覚めない。

 そしてなにげに「藤村さん」から「紗那ちゃん」に私の呼び名が進化していた。


 私からは、清人君、なんて呼べないけど。

 眠る前にお布団の中でこっそりつぶやいてみて、にゃぁぁぁぁって恥ずかしさに悶絶して転がりまわるぐらい脳内妄想は進んでいる。

 

「さ、できた。さすがは私。今日の主役は紗那ちゃんよ」


 パチリ、とウィンクをするお姉さんは、最高にキュートだった。

 それから見上げるように葛城くんに目をやると、不遜に笑って「変な虫に奪われないよう気を付けなさい」と妙な忠告をしていた。

 私に変な虫なんてつくわけがないのに、葛城くんと一緒でお姉さんも心配性みたいだ。


 葛城くんは良い人なので否定せず、神妙な顔で「わかった」とうなずいていた。

 そういうところがズルいんだよな。と思っても嬉しいから、いいや。


 会場の近くまで、お姉さんは車で送ってくれた。

 仕事のできる女の人って感じで、本当に格好いい。


 身支度を手伝ってくれたお姉さんも、細々した手配をしてくれた葛城くんも、本当に素敵な人たちだ。

 何から何までいたせりつくせりで、どれだけ感謝しても足りない気がする。


「紗那ちゃん、お手をどうぞ」


 お姉さんの車が見えなくなると、ちょっとおどけた感じで葛城くんが右手を差し出してくれた。

 滅多に履かないヒールの高さに、不安定な歩き方になっていたから、支えてもらえるのは嬉しい。

 でも、素直に手を取れず、ひるんでしまう。


 ここはもう、会場の近くなのだ。

 同窓会の出席者は、集まりつつあるだろう。


「私なんかと手をつないでいたら、葛城くんが困るよ、きっと」

「大丈夫。いつも可愛いけど、今日の紗那ちゃんはめちゃくちゃ可愛い」


 ストレートに褒められて、なぜか泣きたくなった。

 そのセリフはズルいと思う。


「俺の言葉だけじゃ足りなかったら、姉さんを信じていいよ。あれでもプロだから」


 そうだねって、うなずくしかなかった。

 葛城くんの言葉も、お姉さんの見立ても、最高に素敵だって信じられる。


 ゆらゆら気持ちが揺れるのは、自分に自信がないせいだ。

 パチン、と頬を叩いて気合を入れた。


 今日の私は、青いオーガンジーのワンピースと白いハイヒールでおめかししている。

 プロの手で飛び切り可愛くしてもらったから、葛城くんと並んで歩いてもおかしくないはず。


 ともすれば、引っ込み思案が顔を出しそうになるけど、グッとお腹に力を入れて前を見る。 

 再び差し出してくれた葛城くんの手を、恐る恐る握りしめた。


 ゆっくり歩きながら、葛城くんは何気ない話題で、私を笑わせてくれた。

 涼しげなサマースーツに、青色のネクタイが良く似合っている。

 初めてデートみたいな時間を過ごしたとき、私と一緒に買ったネクタイをしていて、私のワンピースとおそろいの青が爽やかだ。


「いつも格好いいけど、今日の葛城くんはめちゃくちゃ格好いいね」


 一瞬、眩しそうに目を細めた葛城くんは「そーいうとこだぞ」と言って、私の右手を強く握った。

 声にならなかったけど、ズルい、と唇が動いた気がしたけど、たぶん気のせいだ。


 学生時代は遠かった葛城くんが、今ではこんなにも近い。 


 特別な服を着て、特別な時間を、特別な人と過ごせること。

 特別をあつめた幸福な時間になって、一つ一つが宝物のようにきらめいている。


 だけど、私はきっと。

 青色のワンピースを身にまとうたび、キラキラした特別な宝物みたいな全てを、微笑みながら思い出すのだろう。


 そんな予感がした。








Fin

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葛城くんは遠くて近い 真朱マロ @masyu-maro

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