第10話

「さっちゃん、ごめんなさい」


 私は実家に帰り、仏壇の前に座って呟く。


「怖がってごめんなさい、忘れていてごめんなさい。お父さんとお母さんから離れていてごめんなさい。でも、さっちゃんは優しい子だったから、責めてるんじゃないんだよね」


 あの手型は、お父さんが悪いわけじゃない。

 それを伝えようとしたんじゃないかと、私は思っている。


 怖がるから怖く感じる。

 怖くないよ、心配しないで、さっちゃん。


「お父さんを止めようとしたんだよね」


 私の言葉に、お父さんは肩を震わせ泣き始めた。


「お母さんは、悪くないよ。水の力は凄まじいから、お母さんが離したんじゃない、不可抗力だった。さっちゃんは、それを責めたりしない子でしょう。お母さんが一番わかってるはずだよ」


 お母さんは、ぼう然としている。

 さっちゃんの姿が見えているようだった。


「さっちゃん、会いにきてくれた?」


 お母さんは、ありがとうと言いながら泣いている。自分を責めていた気持ちは、簡単には消えないかもしれないけど、寄り添っていくからね。


「あの日より少し前に、さっちゃんが遊んでって言ったのに、無理だよなんて、投げやりに言ってごめんね」


 さっちゃんは、私たちにさわれない。私たちも、さっちゃんを抱きしめられない。


「短大まで少し遠くなるけど、家から通っていいかな?」


 少しずつ、家族のカタチを見直していきたい。


「さっちゃんの宝物、このぬいぐるみ、大事にするからね」


 私たち家族の再生がはじまった。

 一時期の雰囲気はあとかたもない。


 さっちゃんのおかげだと思う。



 それから。

 アパートを引き払った。

 ヘドロなどの腐臭などで修繕費用はかかってしまったけれど……。


「お父さん、あのヘドロはどこの川のだったの?」

「きみちゃんのアパートの近くの大きな川があったろう? あの川の中流くらいかな」


 へえ……。

 それじゃあ、お父さんの足元にまとわりついてるは、そこからなんだろうか。

 もしかして、私のアパートにあった手型は、さっちゃんのじゃなくて……


 お父さん……、私、みえるようになったけど、は、どうにもできないよ……

 悪い霊じゃなければいい……



〈了〉


 

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あとかたもない 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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