第36話 嘘だらけの式典と会食
ブリングス皇帝が国賊アル・サバスによって討たれる。
この訃報はその日の内に王都内に知れ渡り、国民は偉大なる指導者を失った事に涙した。
事態を把握した宰相メルゴ卿は、諸国外遊を取りやめにし、臨時の帰国を果たす。
同盟国であるガマンドゥールから、サルディナ王女とブチャナ王子。
連合国家イシュバレルから、ティアハート王女とダルモール卿が即日の入国を果たした。
王都にはかつてない程の緊張感が走るも、皆が皆、亡くなった陛下の柩を前に涙する。
そして、最前席に座る奇跡の生還を果たした第三王女、シャラへと声を掛けていくのだ。
「シャラ様の御生還を祝辞する前に、こんな悲劇が……陛下はシャラ様の事を心から心配し、毎日のように涙しておりました。ようやく、ようやく会えたというのに……まこと、お悔やみ申し上げます」
「……ありがとう、ございます」
「突然の事、本当に驚かれていると思います。何かあれば、このメルゴを頼って下さい」
コイツが宰相、ドンドルス・メルゴか。
脂ぎった顔にでっぷりとした腹、諸国外遊じゃなく、諸国漫遊してたんだろうな。
魔装姿の俺を見る目が完全に敵意丸出しだ。
油断できない相手、なるほど、ジャミの言う通りだな。
「シャラ……」
「お姉様」
「シャラ……アンタって子は、本当に、お父様に心配ばっかりさせて」
喪服だというのに随分と色気が強い。
漆黒の肌面積の広いドレスに身を包むフェスカに似た女性、お付きの者を見るに魔術大国ガマンドゥール、つまりはサルディナ第一王女か。彼女に気づかれたら終わりだが、どうやら大丈夫そうだな。
フェスカとハグをした後、他の者たちと共に陛下の柩に泣きながらすがりついている。
「大丈夫そうだな」
「うん、なんか、ちょっとだけ、シャラさんの記憶が残ってるみたい。見た瞬間にサルディナお姉様って言葉が思い浮かんだの。メルゴ卿も顔を見ただけで色々と思い出したし……あ、ティアお姉ちゃんが来るよ」
叡智のリングは記憶の写し込み、と言っていたからな。
書き換えではなく、純粋に追加されてしまっているのだろう。
ティアお姉ちゃん……第二王女ティアハートか。
青く着飾ったドレスに光物をジャラジャラさせている。
付き添いの者たちも燕尾服に指輪の数々、帯刀や魔術兵器も見えるようにしているな。
(これがイシュバレルの喪服なんだって)
小声でフェスカが教えてくれたが、知らなかったら世間知らずの馬鹿者としか思えない。
国ごとの文化が違うという事か、故人とのお別れを楽し気に、か。
「シャラ……生きてて良かった、シャラ」
「ティアお姉ちゃん……心配かけてごめんね」
「ううん、いいの、こうしてシャラが生きててくれて本当に嬉しい」
サルディナ王女の時はお姉様、ティアハート王女の時はお姉ちゃんか。
多分、個人しか知らない呼び方の一つなのだろうが、付き合いが深ければ深い程、そういう所に違和感を覚えてしまうものだ。
記憶の写し込み、これが無かったら一体どれだけのボロが出ていた事か。
宰相に二人の姉をやり過ごし、その後も訪れる各国の重鎮を相手に、フェスカはシャラ王女を演じ切ってみせた。
「ファーラレイ教皇だよ」
「……む、あの人か」
次期皇帝の二番手。
真っ黒な聖衣に身を包み歩く姿は、威厳すら感じさせる。
歳の頃六十後半といった所か、権力争いには興味無さそうな顔しているが、果たして。
「シャラ様……御目覚めになられて何よりです」
「教皇様、お言葉がけ、誠にありがとうございます」
「いえ、御生還なされた際に一度だけ御顔を拝見させて頂けましたが、その後は陛下の計らいのもと、お姿を秘匿されました故。このファーラレイ、一日も欠かさず神へと祈りを捧げておりました……しかし、この様な事になってしまい、誠に残念です」
教皇は俺の方を視線を送るも、会釈のみで壇上へと上がる。
フェスカの努力の成果か、要人全員を騙しきる事が出来た感じかな。
一昨日の夜にジャミから「こちら要人名簿になります」と手渡された分厚い書類を覚えきった、フェスカの努力の賜物といった所か。
厳かな雰囲気の中、式典は進み、無事終了まで乗り切る事が出来た。
後は会食を終えてしまえば、教皇も教会に戻り、二人の王女も国に戻る。
メルゴ卿も諸国漫遊の旅にとっとと戻ってくれれば、楽でいいのだけれど。
――
会食は、イシュバレル連合国家方式にて行う事となった。
要は、楽し気な雰囲気の中、故人をお見送りしましょう、って奴だ。
無駄に礼式正しい式典よりかは楽でいい。
フェスカも立食パーティに参加してる雰囲気で、どこか楽し気だ。
「シャラ、そんな所に一人でいないで、こっちにおいでよ」
「そうよ、姉妹三人揃うなんて、本当に久しぶりなんだから」
「……うん」
家族なんだ、当然の如く同じテーブルに着くよな。
さてと、俺はどうしたものかと考えたが、フェスカに手を握られて、側にいる事に。
(大丈夫なのか?)
(下手に隠すよりも、打ち明けちゃった方がいいよ)
(そうか……フェスカに任せる)
(うん、任せといて)
手を連れられて向かうテーブル席には、二人の王女と連れの二人。
ブチャナ王子と、ダルモール卿だな。
「シャラ、ずっと気になってたんだけど……その鎧のお方は?」
席に着くなりティアハート王女の質問が飛んでくる。
「……私の、大切な人です」
「大切な人? それってアグリア帝国の婚約者だったっていう……?」
サルディナ王女も話に食いついてきたが、しかしこの二人の王女、眼のやりどころに困る服装をしているな。谷間を曝け出す一枚布をひらつかせ、下着の類は何もつけていないのか、ポッチが浮かび上がっている。喪服文化の違いか、気に恐ろしいことだ。
「彼とはあれから一度も顔を会わせておりません。それについ最近まで、私は記憶を失っておりました。私がこの国の王女だったという事も、お姉さま方の事も、お父様の事も……本当に、つい最近思い出したばかりなんです」
「という事は、君はアグリア帝国のディスト様ではない、という事か」
「てっきりそうだと思い込んでいたのに……クソ、賭けに負けてしまったか」
賑やかに語るは、ブチャナ王子とダルモール卿だ。
色黒、ターバンを頭に撒いた姿恰好は砂漠の民の服装だな。
光り輝く杖から数枚の金貨を出現させると、もう一人の男へと投げ渡した。
「お父様の前で賭け事なんて……はしたないですよデッド」
「いやいや、何事も商売、リーフが動くのならそこが俺の戦場さ。ディストではないという事は、初対面という事か。俺の名はデッドイード・ダルモール。ダルモール商会、更には連合国家イシュバレルを継ぐ男だ」
差し出された手に、悪意はないのだろう。
さてと、ちゃんと偽名を名乗らないとな。
「グリズリー・フロントだ。この鎧を外す訳にはいかない、このままで失礼する」
「問題ない、国ごとの文化の違いは、嫌ってほど味わっているからな」
「文化という言葉を逃げ道にしていないか? フロント卿」
こちらは手を差し出すつもりはないのか、腰に当てたままだ。
青い礼装、よく見たら魔力を帯びているのか、どこか輝いて見える。
「俺の名はカイリ・ガマンドゥール・ブチャナ、我が国に来る事があれば、その鎧は外して頂くからな」
「……承知した」
「禍々しい、一体何人の血を吸った鎧なんだ」
「数える程、気楽な時間は過ごしていない」
「……そうかい、分かったよ」
敵意というよりも、常識的に考えて、といった所か。
各王族の付き合いというものが、日常的にあったのだろうな。
シャラ王女を包む環境というものは、とても穏やかだったのだろう。
「うん、男性陣は打ち解けたみたいだし。ねぇシャラ、大切な人って事は……」
「……はい、実は、この方との間に、子供がいます」
そこまでだと思っていなかったのか、フェスカの暴露に各々様々な表情をして凍り付く。
そして次の瞬間には、悲喜こもごもな叫び声が、会食の場をより一層賑やかにさせるのであった。
不殺隊の隊長さん、余生は愛する妻と娘に捧げるそうです。 書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売! @sokin
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