第35話 これから
「さて、これまでの説明は以上になります。ここからはこれからの話をして参りましょうか」
「フェスカが皇帝になる……って話だよな」
ジャミは神妙な顔をしながら、静かに頷いた。
「はい、現状、書面上ではありますが、フェスカさんとマーニャさんは死亡している形になります。暗殺者から身を守るのと同時に、フェスカさんをシャラ王女として迎え入れる事を前提とした動きになります」
「そしてサバス隊長に関してなんだけど。サバス隊長も、尖塔から落下して死んだ事になってるからね」
フィルの言葉に、今度は俺がきょとんとする番だ。
「俺が死んだ事に?」
「ええ、理由はどうあれ、皇帝陛下に喧嘩を売っているのを何百という民が目撃しています。そして皇帝陛下は崩御なされてしまった。間違いなくサバス隊長に殺されたと見るのが妥当でしょう。国賊アル・サバスとして生きていくのは困難を極めます。我々がどれだけサポートしたとしても、王都での生活はまず不可能です」
まぁ、そうだろうな。
逮捕して極刑が妥当だろう。
「それに、このままだとフェスカさんとの生活も難しくなってしまう事でしょう。これまでのお二人を見て、離れて生活する……という選択肢は、当然設けていないのでしょう?」
「そうだな、いざとなったら家族でどこまでも逃げるつもりだったよ」
「……だと思った。隊長って結構計画性ないからねー」
そうだろうか? 生き延びる為の嗅覚には優れていると、ダヤン君に褒められた事があるが。
……遠まわしに計画性がないと言っているも同意か、ダヤン君め。
「先に説明した通り、フェスカさんがシャラ王女として生きる土台は既に完成しております。皇帝直筆の遺言状も執務室に隠してありますからね、宰相や教皇が何を言ったとしても、フェスカさんが皇帝になるのを防ぐことは出来ないでしょう」
「でもそれって……私がシャラ王女を演じ切ればって話ですよね?」
フェスカが不安気に言葉にする。
当然だろう、明日からいきなり皇帝になれと言われているのだから、無理もない。
「幸か不幸か、シャラ様がお姿を御隠しになられてから六年の歳月が流れております。友人関係や政に関すること、その他知識が欠けていたとしても、誰も不審がる事はないでしょう。むしろお近づきになりたくて、親身に接してくれる事かと」
「……そうですか」
「それに、フェスカ様の側には私やフィルメント殿もおります。アルベール団長も、皇帝を想い最後は壁になりましたが、夫妻通じてフェスカさんを守ってくれる事でしょう」
事実を知る人物は少ない。
けれども協力してくれる人達が側にいる。
彼等と共に歩んでいけば、フェスカが皇帝として生きていく事も可能なのかもしれないが。
「次に、サバス隊長に関してですが」
「さすがに俺まで皇族に、という訳にはいかないだろう?」
「ええ、ですので、サバス隊長に関しては奥様次第という話になります」
「私次第って、どういう……」
オロオロとしている妻だが……なるほどな。
「皇帝を守る騎士となれ、という所かな?」
「ご名答、顏でバレてしまうかと思われましたが、先の鎧姿を見て安心しました」
「魔装:
俺の訃報と共に、魔装:灰熊の戦線を身にまとったのが皇帝の横にいれば、まぁ分かるよな。
不殺隊の面々ならば、俺から言わなくともダヤン君辺りが全部説明してそうだ。
「あの……マーニャはどうなるのでしょうか?」
「マーニャちゃんは、そのまま夫妻の娘さんという事で問題ないかと」
「……ん? という事は?」
ぴょんっとフィルがソファから立ち上がると、小さな箱を俺へと手渡す。
手のひらサイズのそれは、言葉にせずとも分かるものだ。
「六年間、シャラ様は行方不明でした。誰かの支援が無ければまず生きていられません」
「そして六年もあれば、二人の間に何かがあってもおかしくはない」
箱を開ける、ただそれだけなのに世界が輝いて見える。
不思議な宝石だ、どこまでも輝き、神々しさを失わない。
「すごい……綺麗」
フェスカも思わず息を飲んだ。
今まで見た頃もない程に巨大な宝石が装着された指輪に、ただただ圧倒される。
「こちらは皇帝よりお預かりした由緒正しい指輪になります。リングに付けられた宝石、その名をホワイト・カーネーションと言い、永遠の幸福という意味が込められているそうです」
「こんな豪華なもの、頂けません」
「受け取って下さい。陛下がシャラ様に贈与するはずだった、大切な指輪です」
親が子を想う気持ちは、誰であっても変わらないという事か。
俺が手にかけてしまった人が、どれだけの人物だったのか。
……いいや、後悔はすまい、全ては俺が決めた事だ。
「分かった……ジャミ、フィル、俺達の為にここまで動いてくれて、本当にありがとう」
微笑みながら宝石箱の蓋を閉じ、一旦はジャミへと返却する。
「私達は陛下の提案に従ったまでですよ、全てはこの国の為に動いたに過ぎません」
「そうだよ隊長、皇帝の遺言状があるとはいえ、メルゴ卿が何をしてくるか」
メルゴ卿……この国の宰相と呼ばれる男か。
時期皇帝とまで呼ばれていたのだ、急に現れた三女の存在を歓迎するはずがない。
「そうですね……一番の難敵は宰相である彼になる事でしょう。今は諸国外遊へと出ておりますが、陛下の式典の際には必ず駆けつけると思います。その場で一体何を言い出すのか、警戒が必要です」
「それだけじゃない、シャラ王女には二人の姉がいるんだ。彼女たちにフェスカ様が偽物だと気づかれたが最後、僕達もろとも全員極刑間違いなしさ」
事は簡単ではない。
だが、俺達家族に逃げ道なんて、既にないも同然なんだ。
「何があっても、俺は家族を守る。それだけだ」
「私も……旦那と娘の為に、全力で演じ切ってみせます」
綱渡りの様な日々になるかもしれない。
騙すは国、ブリングス国だけではなく、イシュバレルとガマンドゥールの全てだ。
「まずは皇帝の大喪儀をしっかと乗り切る。次がお披露目式、婚約発表、仕事は山積みです」
「アグリアの動きも抑えておくけど……奥さんのことは、隊長がしっかりと守るんだよ?」
「当然……フェスカの事は、死んでも守り抜いてみせるさ」
「アルちゃん……」
俺の余生は全て妻と娘に捧げる。
大丈夫、数多の窮地を切り抜けてきたんだ。
愛する妻の為なら、どんな事だってやり抜いてみせるさ。
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