最終話 サウード夫妻よ、永遠に

 三ヶ月後。

 アリスはサウード領の市街地にいた。夫ウィリアムと義兄のファハドも一緒だ。今日は保育所の正式な開業日だった。


「久しぶりだなアリス。街の雰囲気が随分と変わった。君のお手柄だな」

「そんな。みんなの協力があったからです」


 ファハドがアリスとウィリアムを交互に見て口角を上げた。


「それにお前たちも夫婦らしくなったな。よくやったアリス。本当に君が弟の妻になってくれてよかった。これからも頼むぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 アリスは義兄の言葉の意味を理解し、頬を染めた。何も知らないウィリアムは笑顔でアリスを見つめている。


「しかしアリス、少し疲れているようだが俺の気のせいか?」

「え! えーと……」


 勘繰るようなファハドの視線から、アリスは目を逸らした。

 確かに疲れている。けれど理由については言えない。

 アリスが誤魔化しの言葉を考えていると、彼は口元から白い歯を覗かせた。


「反対にウィリアムは元気そうだな。以前より顔色も肌艶もいいじゃないか」

「そうなんだよ。僕、体力がついたみたいで栄養薬なしでも毎日元気なんだ。これも全部アリスのおかげ……」

「ウィルー!!」


 アリスは大声でウィリアムの言葉を遮った。照れながら頭を掻いていた彼は驚き目を見開いている。


「そろそろ行きましょう。ピエールさんが待っているわ」

「うん」


 ウィリアムの手を取り、歩みを進めるアリス。

 少々強引だったがこの場は収まったので良しとしよう。義兄には知られるわけにはいかない。

 アリスの疲労の原因が、月のものの時期以外ほぼ毎日、夫の夜の相手をしているからだということは。

 愛する夫が求めてくれるのだ、できれば応えたい。しかしそろそろ限界だった。

 栄養薬をもらうか、彼が結婚当初飲んでいたという「たかぶりを抑える薬」をまた飲んでもらうか……悩ましかった。


「お、あそこか?」

「そうです!」


 歩き出して数分後、ファハドが前方を指さした。その先には大きな庭がついた建物が見える。空き家を潰して建てた市街地の保育所だ。


「皆さん、お待ちしておりました」


 入り口の門が開く。そこにはピエールが立っていた。深々と礼をする彼にファハドが微笑む。


「ピエール、エプロン姿が様になってるじゃないか」

「ありがとうございます、ファハド様。この度は私のわがままを聞いてくださったこと、感謝いたします」


 ピエールは再びファハドに頭を下げた。当初三ヶ月だった彼の貸出期間は、本人の希望により延長された。無期限でサウード家に仕える事になったピエールは市街地保育所の初代園長に就任したのだ。


「お前が仕えたいと思うということは、アリスは国のため、私のためになる人間なんだろう?」

「はい。すでに彼女の食糧支援や農地開発により雇用が生まれ、領民は生きる希望を見出しています。アリス奥様のひた向きさは、間違いなく民衆に愛されます。きっといつか国中を明るく照らす太陽のようなお方になるでしょう」


 ファハドはアリスを見やった。自分の弟と笑い合う姿を見て顔を綻ばせる。


「そうか、さすがは俺の弟だ。俺に似て女を見る目がある」

「まったくその通りでございます」


 ピエールも微笑み、静かに頷いた。


「旦那様〜!」

「奥様〜!」


 庭から子供たちがサウード夫妻を呼んでいる。ウィリアムが小走りでアリスの前に出て振り向いた。


「子供たちが呼んでる。アリス、行こう!」


 アリスはこちらを向いて手を伸ばす夫の手を取る。そして彼に満面の笑みを向け頷く。


「ええ、行きましょう、ウィル!」


 ウィリアムとアリスはお互いの手をしっかりと握り、彼らを待つ子供達の元へ駆け出した。


 その後もアリスは夫と領地に頻繁に顔を出し、民たちとの交流を大切にした。

 夫妻は民に愛され、ふたりの間に子が生まれたとき市街地では、祝いの宴が一週間も開かれたという——。


>>終わり


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攫われ婚は幸せの始まり?〜婚約者に裏切られ踏んだり蹴ったりの貧乏令嬢は、異国の領主様に溺愛されながら才色兼備の領主夫人として生きていきます〜 松浦どれみ @doremi-m

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