第32話 人はそれを細マッチョと言うんだ

 アリスは強烈な喉の渇きで目が覚めた。カーテンの隙間から日が差している。どうやら一晩経ったようだ。隣に目をやるとウィリアムが眠っていたが、彼はすぐに目を覚まし両目を細めた。


「アリス、おはよう」

「ヴィル……」


 アリスはケホケホと咳をして、喉元を押さえた。夫の名を呼べないくらい声が出ない。ウィリアムが慌てて近くにあったグラスに水を注いだ。グラスを受け取り、一気に水を飲み干す。


「アリス、大丈夫?」

「ええ、ありがとう。そういえば、最初もこんなふうに水をもらったわね……」


 水を飲み、息を整えたアリスは夫の姿に釘付けになった。彼は何も身につけていない。そういえば昨日はいつの間に寝てしまったんだろう。夫の肢体を見ながら考えていると、彼の顔がみるみるうちに赤く染まっていった。


「ウィル、どうしたの?」

「アリス、その、見えてる、から……」


 アリスはすぐに自分の体に視線を移した。一糸纏わぬ姿をしている。恥ずかしさから急いで布団をかぶる。


「きゃあ! ウィル、何か着るものをちょうだい!」

「う、うん!」


 ウィリアムがクローゼットからシャツを出しアリスのそばに置いた。アリスは目にも止まらぬ早さでそれを着込む。


「僕も何か着ないとね。それから朝食をここに持ってくるよ」

「ありがとう……」


 アリスが布団から顔を出すと、ウィリアムが服を着ようと手に取っていた。彼は目が合うと気恥ずかしそうに目を伏せた。


「アリス、そんなに見られると恥ずかしいよ。僕は兄さんみたいに逞しくないし……」


 確かに、ウィリアムの体は兄ファハドに比べて線が細い。だが長身に見合った肩幅や長い手足、細身ながらもしっかりと筋肉はついており、アリスにとっては魅力的だった。


「ふふっ。素敵よ、ウィル」

「アリス……。それじゃあ、行ってくるね」


 服を着たウィリアムはアリスの唇を軽く啄んでから寝室を出ていった。が、直後に彼はワゴンを押して戻ってきた。


「アリス、これが部屋の前に……」

「なあに?」


 アリスはベッドを出てウィリアムの元に歩み寄った。ワゴンを見ると、そこにはパンなどの軽食と酒のボトルが置いてあった。そして一枚のメッセージカードが添えられている。


「なになに?『おはようございます。今日も代わりの者がおりますのでお休みください。良い一日を。ピエール』ですって」

「あ、アリスこのボトル……見て!」


 アリスは酒のボトルに貼ってあるラベルを見た。


蜂蜜酒ミードだわ……ピエールったら」


 アリスはピエールの心遣いに感謝し、目尻を下げた。


「ねえアリス、今日はここで一緒に過ごそう?」


 ウィリアムが後ろからアリスを抱きしめ、首筋にキスをする。アリスはそれに応えるように彼の腕に掴まり、身を委ねた。


「ええ、そうしましょう」


 アリスはウィリアムと朝食を済ませ、蜂蜜酒で乾杯し、朝から晩までお互いを求め合い、深く愛し合った——。


>>続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る