第5話 嘘だろ!
以前駅で電車を待っていたとき、横にいるサラリーマンがふーっとため息をついていた。疲れた様子でクマも出来ていたので、お疲れ様ですと心の中でつぶやいた。暇なのでそのサラリーマンの観察をひっそりと続けていると、サラリーマンに電話がかかってきた。しばらくはうん、うんとうなずいていたが、なにかを聞いた後で電話が一方的に切られていた。そしてサラリーマンはまたため息をつきスマホを下すと、
「嘘だろ?嘘だろ!」
とぼそぼそ呟いていた。私はあまりの悲壮感が漂った顔に同情してがんばれ青年と背中をバシバシ叩きたくなったが、それでは動揺して不審者だと思われてしまいかねないので堪えた。それにしても、なぜあんなことを呟いていたのだろうか?
タメ口だったので会社の上司ということはなしにして、恋人に振られでもしたのだろうか?ああ、かわいそうな青年くん。まだ若いのに大変ね。(←親か何かなのかこいつは?)
さようなら青年さん。つまらない人ね。
ああ、行かないで。僕の愛しい人よ…
可愛そうな青年。今後の人生はどうなっていくのか⁉
…と、勝手に妄想して勝手に哀れんでいる私だったが、ふとあることに気づいた。
いやいや、嬉しくて言った可能性もあるだろう。
仕事の疲れで悲壮感のある顔だっただけで、ほんとはめちゃくちゃうれしいことだったかもしれない。
お腹に赤ちゃんができた、とか、あなたの小説が入選しましたよ、とか、妄想するうちにそれが本当なんだと思い始めた。てか思いたい。
そんなことを思っていたら、なんとその青年が近づいてきて、話し始めた。
「あの、この荷物どっか置いといてくれませんか。ちょっと行かないとなんで。」
そういって青年が指さしたのは、青年のトランクだった。
青年のまなざしは真剣で、私はまかせろというしかなかった。
ああ、青年よ。君が電話で何と言われたかはわからないが、これから行こうとしている場所がそれに関係あるなら、私は精一杯応援するぜよ。
そう思い、心の中で拳を握ると、青年は背中を向けて走り出した。
電車のベルが鳴りだす。
頑張れよ…まだ青き若者よ…!
心が熱くなる。
でもこれ、どうしろっていうんだい…
一寸愉快な日常 ねりけしやろう @nero1024224
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