夜(そ、そうか!虫取り網の使い方は太刀と同じだったんだ!)
サテ夜になった。
村人たちは戸を閉めて灯ひとつ漏らさない。猿神の手下の小猿たちが山から何十匹も降りてきて、村の広間に置かれた棺を囲む。
棺はきっちり磨かれた白木で、この中に生贄が収められているのだった。
猿たちはキーキー騒ぎながら棺を叩いたり揺らしたりする。ところが毎年なら怖がって悲鳴を上げる生贄がうんともすんとも言わない。これじゃ猿は面白くない。どんな顔か見てやろうってんで猿が棺の蓋を開けてのぞいてみた。
そうすると、蓋を開けた隙間からスッ……と刀の刃があらわれて、猿の首をパッと飛ばした!
周りの小猿が驚く合間に、バーンと蓋が飛びあがって、刀を持ったガキが飛び出した! パパパパパっ! ガキが刀を振ると、生贄の娘をいじめてやろうとにやにやしていた猿たちが次々に切り伏せられた。
「すごい刀だ!」
その刀はガキがお姉さんから渡されたものだ。どうしたことか猿の血は刀にはつかず、しらじらと月光だけがまとわりついている。
「悪い化け物を倒す霊刀よ。
一緒に棺に隠れていたお姉さんがむっくり起き上がった。あんな狭いところでガキとお姉さんがくっついて寝てたんだねえ。
「この刀を作るのに蝶を使った……とか?」
「えっ、蝶はかわいそうだから放したけど」
「じゃあ何のために取らせたんだよー!」
「そんなことより、まだまだ来るわよ!」
棺を運ぶために集まったサルたちがキーキーいいながら囲んでくる。右に十匹、左に二十匹。普通ならとうていかなわない量だが、ガキはお姉さんを守るために勇気凛々、刀を構えて飛び出した。
「えいっ!」
気合とともに刀を振ると、とびかかってきた猿がズバッと一刀両断。そこに一斉にほかの猿がとびかかってくる!
「
猿が霊刀の間合いに入るたびにチカッと光る。それに合わせて刀を振ると、パッパッパッパッ! そのたびに悪猿が切り伏せられる。
「どうしてこんなにあっさり……」
恐ろしい獣を自分が切り倒していることにガキもびっくりだ。でも体が勝手に動くってなもんで、どんどん猿の数が減っていく。
「そ、そうか!虫取り網の使い方は太刀と同じだったんだ!」
そのうち、ハタと合点がいった。小さい網で蝶を捕まえるのに比べれば、猿たちの弱点を刀の芯でとらえるくらいは朝飯前。
そう! 蝶を捕まえる虫取りは、刀の稽古になっていたのだ!
「蝶をとらせてニコニコしてたのは、俺の稽古を見てくれてたんだ!」
今もニコニコ同じ表情で眺めているお姉さんを背にして、ガキはますます意気軒高。
いっぽう猿たちは震えあがってしまっている。赤い顔が青ざめて、がちがち歯を鳴らす始末だ。
「さあ、かかってこい。さあ、さあ、さあ!」
ガキが刀を構える。虫取り稽古で、間合いに入れば一刀両断の神業を身に着けているから猿にとってはたまらない。
「どうした、来ないならこっちから行くぞ!」
「ま、待ってくれえ」
と、猿たちの後ろから震える声があがった。
のそのそと現れたのは、身の丈八丈はあろうかという大猿だ。体の毛は真っ白で、そこらの小猿とは風格がまるで違う。
「お前が猿神か」
「そ、そうだ。こんなに強いやつがいるとは思わなかった、どうか俺のかわいい子分たちを許してやってくれ」
「今まで何人も生贄を取っておいて、自分が危なくなったら命乞い?」
と、ガキの後ろからお姉さんがニコニコしながら現れた。
「ひいいっ! その代わりに、この村の畑を肥やして、疫病からも守ってやってたんだ」
「山の神ならふもとの村を守るのは当然じゃないの。許してほしいなら、これからは生贄をとらずに同じように村を守りなさい」
「わかった! わかったから、その刀を向けるのはやめてくれえ!」
こうして猿神は子分たちを連れてすごすごと山の中へ逃げかえっていった。
「すごいわ! 悪い猿たちをやっつけたわね」
「ていうか、お姉さんにビビッてたような……」
「あら、不思議ねえ。不思議と言えばシジミチョウはアリにとって守りたくなるようなにおいをさせてるらしいんだけど……」
「その話はいいって!」
ガキが刀を返すと、お姉さんはガキを抱きしめた。えも言われぬ香りがして、ガキはすっかり腰砕けだ。
「さあ、村の人たちにも教えてあげないと」
「そ、そうだね。みんな喜ぶだろうし……」
「でも、汗をたくさんかいたから先にお湯できれいにしないと」
どぎまぎするガキの手を取って、二人はお姉さんの小屋に入っていった。
マアその先は、聞く方が野暮ってもんですよ。
サテそれからというもの村は生贄を出さなくても畑は豊作になり、村人みんなが健康に暮らした。
たびたび山賊や獣が村を襲ったが、そのたびにガキはお姉さんを守るために戦ったんだとさ。
めでたしめでたし。
そ、そうか!虫取り網の使い方は太刀と同じだったんだ! 五十貝ボタン @suimiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます