「ねえ、きずなってさ、古文ではなんて読むか知ってる?」


またね、と振ろうとしてあげた手を下ろす。別れ際に急に古典の質問?勉強大好きな君のクイズタイムか。古文における読み方どころかその漢字すらはっきり浮かばない私は、素直に答える。


「いや、知らない。」


「ほだしって読むんだよ。」


「ほ、ほだし?」


「うん、そう。」


「意味は?」


「たまには自分で調べなよ、高校生なんだから。宿題ね。」


君はじゃあ、と小さく手を振って、西日の方へ走っていった。空が、気味が悪いくらい鮮やかに赤、黄、紫に染まった、暑い夕暮れだった。




抜けるような青い空に、白い入道雲が輝く。ペットボトルのお茶で喉を潤して、私は口を開いた。


「あのさ、私すっかり忘れてたんだよね。あのときの宿題。」


「一年経ってふと思い出したんだ。」


「よく思い出したと思わない?私のこの記憶力で。」


水をかけてもなお暑そうな君を、持っていたうちわでパタパタと扇ぐ。


ほだしってさ、足枷って意味なんだね。」


「今はみんなきずなを結ぶとか言ってるけどさ、実は人によってはほだしになって、結ぶどころか縛られちゃうのかもね。」


「君もそうだったんでしょ?きっと。」


君が好きな袋菓子の口を開ける。ほい、と差し出すが、君が取るわけもなく、一人でパリパリ食べる。


「ねえ、お供え物ってすぐ食べちゃだめなんだっけ?いやでも私の場合供える前に食っちゃったからいいのかな。」


答えは帰ってこない。目の前にあるのは、ただ、水に濡れた墓石だけ。


袋菓子を鞄の中に突っ込み、花束を取り出して墓前に供える。


「あ、そーだ。手紙も持ってきたんだった。もう毎日毎日開けたくてしょうがなかったけど、夏まで待てって封筒に書いてあるから守ったんだよ。」


君の家が、君の一家の絆によって炎に包まれた次の日、教室の私の机の中には一通の手紙が入っていた。差出人の名はなかったが、封筒の右下に書かれた「1年後の夏まで開けちゃだめ!」という、とめはねがしっかりしているお手本のような字を見て、すぐに君からだと悟った。


あっつ、と呟きつつ、封筒を開ける。入っていたのは2枚の便箋。2枚ともみっちり字が詰められている。


私にとっては一年ぶりに受け取る君からの新しい言葉。私への感謝やら忠告やら、私の脳内で、全部が君の声で再生される。


きっと君は、自分があの夜どうなるか知っていた。一家心中によって命を落とすと悟っていたんだ。君自身はそこから逃げ出せないようにされることも。賢い君のことだから、家族の会話や行動の端々から汲み取ったんだろう。そして、もし君を失ったばかりの私がこんな手紙を読んだら君を追いかけようとすることも分かっていた。


手紙の最後の文が目に留まる。


『私にこれから起きることが、君の絆になりませんように。

君と私の絆がいつまでも続きますように。』


「この絆はさ、一個目はほだしで、二個目はきずなでしょ。」


どうよ、と涙で濡れた顔で君に問いかける。風が、供えたばかりの花をゆさゆさと揺らした。ちゃんと自分で調べたんだね、と、君の声が聞こえた気がした。


君の存在は、きっと、私がこの世界に結ばれておくための絆になる。










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