第5話 推しとの夢(完)

 翌朝、早瀬さんと私の別れの時が来た。


「じゃあ、宮沢さん。昨日はありがとう」


 玄関先で、昨日と同じ服に着替えた早瀬さんが手を振る。

 早瀬さんのアパートの大家さんと連絡が取れて、部屋の扉を開けてもらえることになり、彼女は急いで帰ることになった。


 早瀬さんと過ごした一夜は、まるで夢のようにあっという間だった。


 夢も朝になれば覚めてしまう。せっかく仲良くなったのに、今日からはまた推しとただの一ファンに戻ってしまう。


 本心としては連絡先を交換したい。もっと早瀬さんのことが知りたい。けれど、そんなこと一ファンとして許されるはずもない。


 私はまた早瀬さんを遠くから見つめるだけの存在となる。

 でも、それでもいい気がした。早瀬さんと過ごした一夜の夢があれば、これからも彼女を応援し続けられる気がした。


「あ、あの、私、これからも早瀬さんのことを応援して……」


 私が思いきって言おうとした矢先、早瀬さんが振り返った。


「そうだ。これからはあたしのこと〝夏希〟って呼んでよ」


 思いがけない言葉に、私は「へっ?」と間抜けな顔をする。


「あたしたち同級生なんだし、今度会う時はただの友達として遊ぼう。一緒に出かけて、またお泊まりして、宮沢さんのハンバーグを食べたいな」

「…………」


 私はただ呆然と立ち尽くしていた。


「……やっぱりダメかな?」


 おずおずと夏希さんが聞くので、私はぶんぶんと首を横に振った。


「遊びたいです! な、夏希さんと一緒にお出かけしたいです!」

「ありがとう。それじゃあ……」


 ふいに夏希さんは私のことを抱き締めて耳元でささやいた。


「また連絡するから待っててね、〝遙〟」

「………っ!」


 急に名前を呼ばれて、私の心臓が跳ね上がる。

 そんな私を見て夏希さんはくすりと笑うと、手を振って朝日の中へと出ていった。


 そんな推しを見送ってから私はへたりこんだ。

 私の推しとの夢はまだまだ続くようだった。


(完)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しを拾いました 秋月大河 @taiga07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ