2 やり直せないから、価値がある




「……やめない? このゲーム」


 と――それはイズミのナビゲートを受けながら、私が一人目のヒロインのルート目指して突き進んでいた時のこと。


 ゲームについて調べて何かのネタバレを踏んでしまったらしく、イズミがそのようなことを言い出したのである。


 一方、私はといえば、何度も同じ結末を迎えていれば主人公というかゲームへの愛着だとか関心も湧くもので、このゲームをクリアしたいという意欲に燃えていた。負けず嫌いみたいなものかもしれない。

 それに、友人Aの遺言である『隠しヒロイン』――三人のヒロインをクリアした後に登場するという、このゲームの真のエンディングに繋がる物語への興味もあった。


「クリアするごとにエンディング後のタイトル画面に変化が! 背景の都市っぽいものも見えてきてる……これが最後にどうなるか気になるじゃない!?」


「検索したら出るよ」


「ネット社会最低だな! そんなにネタバレ好きか! オチだけ見て楽しいか卑怯者め!」


「タイパ優先してんの。あとあんた、ネット様のおかげでここまで来れたんだから。ネット様から得られる複雑怪奇な情報群を、私という巫女が単純明快に言語化して伝えてやってることを忘れないように。賽銭の一つでも寄越しなさいよ」


「お前が配信とかしてるんなら投げ銭してやるよ」


 わざわざ苦労せずともネットを見れば一目瞭然という話で、イズミはそれで満足したのかやる気を失くしたようなのだが――私はゲームを続け、イズミはそれに付き合っていた。


 そうして私は幾度の死を乗り越え、三人目の少女を攻略したのである。




   /




 エンディングのスタッフロール後に移動する、タイトル画面。


 近未来的な都市を背景に、三人のシルエットの前に、もう一人ぶんの後ろ姿が現れる。


 来た……! と、私のテンションも跳ね上がる。


「隠しヒロイン……教え子、同棲してる義理の妹、理事長の娘……ここまでかなり禁断の愛路線だったからね、生徒の母親とかくるかもしれないな」


「立ち絵あったけどね」


 イズミの相槌の感触からするに、保護者との禁断の恋はなさそうだ。私の心はすっかり主人公の男性教師と一体化していたから、少し残念。初対面のとき、ドキドキしてたもんな、お前


「理事長って線も? ……やや年上だけど……アリだな!」


「そっちも保護者じゃん。……はあ。とにかく始めてみたら。プロローグ終わったらすぐ、新しい選択肢出るらしいから」


「よっし……!」


 既読スキップ機能でプロローグを飛ばしていく。既読スルーとは関係ない。一度読んだ文章を高速で進めてくれる機能である。選択肢が来ると自動で止まるので便利。わずかでも文章に変化があっても止まってくれる。私はイズミのような効率タイパ優先人間ではないが、これでだいぶ時短できたのは否めない。


 選択肢が現れる。もはや見慣れた、選択済みでグレーになった選択肢とは別に、まったく新しい選択肢が――これか? とイズミの方を振り返るが、なぜかヤツは顔を背けた。とりあえず、新しい方の選択肢をチョイス。


 いつもとは気分を変えて、学校までの道を外れる主人公――その先に、知らない人影を見つける。


 私の前に現れたのは、中性的な容姿の女の子――その名前は、



牧瀬まきせイズミ】「わたし……イズミ。よろしく」




   /




「同姓、同名……!」


 そういうことか、と私は全てに納得した。


 友人Aが『隠しヒロイン』の攻略を指定したのも、検索してからというものイズミがやたら「やめよう」と言ってきたのも――


「ウケる」


「……気が済んだ?」


「ここまで来たら最後までやるに決まってんじゃーん」


 そうして私はゲームの中でイズミとのかかわりを持ち始めたのだが――事態は思わぬ方向に突き進んでいく。


「え、待って? 脱ぐ? 脱ぐの? イベントスチル! イベントスチルになってる! これはマジで脱ぐのか? このゲーム全年齢なんだよね!?」


「元々は成人向けだったのを一般向けの移植したものらしいわよ。だからそのルートは移植時にカットし忘れたものじゃないか、みたいなコメントも見かけた」


「タイパとか言いつついろいろ見てんな! ……というか? え? 成人向け? 一部界隈で有名なゲームって、そういう? 不具合でアダルトなシーンが入り込んでるとかそういう感じ? でもやっぱりあれでしょー、下着だよね。その後もなんか流れでボカされるよねこういうのって」


「というか、どういう流れでそうなったのよ。教師と生徒でしょ。ルート周回しすぎて倫理観おかしくなってんじゃない」


「そっちがホテルに誘ってきたんだよ! 正義感から私はついてったの、教え子を悪の道に進ませないために! あ、ちょっと待って、脱ぐ――肌色! はだか! 脱いだぁあああ……、あ?」


 胸が、平たい。貧乳とかまな板とか、そういうのではない――


 衝撃を受ける画面の中の私。


「こいつ、男の子だったの!?」


「男の


「いいのか? それはアリなのか? これの客層って男じゃないの? 男性向けなのにBL展開! あ! それであいつこれ……!」


「その界隈じゃ有名らしいから」


 さっきまでとはまた異なるテンションになりつつ、私はゲームを進めた。


 気になっていた女の子が実は同性だと知り戸惑う主人公……しかし彼女(彼)が変態おじさん相手に小遣い稼ぎをしていると知り、彼女を助けるために行動を始める。


 次々と明かされる彼女の秘密――彼女は遺伝子の病気によって性別というものを失ってしまっているという。実は男の子でもなければ女の子でもない、子どもをつくる能力を持たない新人類――しかしその事実を主人公は受け入れ、二人の距離は近づいていく。


 そうやって関係を深めていく二人の前に立ちはだかる、かつて攻略したヒロインたち――二人は偏見や常識といった壁を乗り越え――


 そして、まるで走馬灯のように流れるエンディング――そこには隠しヒロインだけでない、これまで見てきた様々なイベントの映像が――これまでは流れていなかった、初めて聞くエンディング曲と一緒に。


 グランドエンド――真のエンディングを、私たちは迎えたのである。


「……ゲームを徹夜でやったのって、初めてかも」


 疲れがどっと押し寄せると共に、これまでにない充実感を覚える。


「ところで、あいつはこのゲームを私たちにやらせて、何がしたかったんだと思う?」


「……さあ」


 私は一つ、分かった気がする。


「イズミ、何か……私に話したいこと、ない?」


「はあ?」


「相談、乗るよ?」


 こいつと話をする機会が出来た、ということだ。


 枕に顔をうずめていたイズミはおもむろに顔を上げ、怪訝そうな目でこちらを睨んだ。眠気もあってか不機嫌さが滲み出ている。


「いや……実はこういう、怪しいバイトとか、してない? 素直に打ち明けられないイズミに代わってそれを伝えようと、たまたまイズミと同名のキャラが出るゲームを使って、あいつが気を利かせたとかそういう……」


「してない」


「あ、そう。……イズミ、実は男だったとか?」


「……はあ」


 心底から呆れた、といったようなため息だった。元気があれば私のことを殴り倒しそうなくらいには深いため息。それから、


「いちおう言っておくけど、それまだ終わってないから」


「へ?」


 エンディング曲が終わる。

 すると、テキストウィンドウが現れ、新たな文章が紡がれる。


 そこには、この世界の真実が描かれていた――




   /




 その世界には、女性が存在しない。

 いや、正確には全ての人類が性別を失ってしまい、生殖能力を持たず、どちらかというと男性的な見た目になってしまったという近未来の地球――男だらけとなったその世界で、人口は減少の一途をたどっていた。


 人工的に子どもを生み出す技術は存在している。

 しかし、自分の遺伝子を分けた相手とはいえその実感は薄いのか、子どもに対して愛着を持てない大人が増え、虐待や過失致死が多発している。

 ゆえに子どものほとんどは「人口を補うため」だけに一定数が生産され、AIに管理された養育機関で成長している――主人公はぎりぎりそうなる前につくられ、人の手で育てられた経験のある、最後の世代だ。


 そもそも、人々は子どもどころか、自分以外の他者に対する関心さえも失っている――


 恋愛の根っこにあるのは、種の保存を目的とする生存本能。他者とのかかわりは社会を運営し人類が効率よく生きていくために必要だから――しかし、生殖能力を持たない今の人類からはそうした本能は薄く、性欲も鈍感になり、他者を求める必要性を感じないのだ。そしてその社会はAIなどの技術発展により、他者と関わる必要がほとんどないほどに独立化している。

 在宅ワーク、リモートワーク、食事の配達……画面のこちら側の現代にも繋がるワードが散見された。


 人々は孤独に慣れてしまった。

 あるいは孤独こそが、人々を無性別化していったのかもしれない――


 そんなことを考えていた研究者の主人公は、ある資料と出会った。


 それは過去の遺産、どこかのオタクが夢に見た、全身で恋愛シミュレーションを体験できるフルダイブ型のゲーム――このオタク遺産を現実にできれば、人々は他者を愛する気持ちを取り戻せるのではないか?


 性別や本能に囚われない愛こそ、真に人間的な、文明的な愛情であるのかもしれない――


 主人公はマシンを開発し、その最初の被験者となった――それが、このゲームの真相。


 ゲームから現実に戻った主人公は、自分が愛したヒロインが架空の存在であると知り、ショックを受ける。


 引きこもる主人公――その身を、これまで感じたことのない孤独が蝕み――そして、思い出す。ヒロインたちと過ごした日々を、誰かとかかわる喜びを――


 主人公は部屋を飛び出し、とりあえず近くを通りかかった通行人に声をかけるのだった――そのシルエットは――




   /




「……急にポジティブ過ぎない? 元気に飛び出していったよ、私」


「誰かさんみたい」


「…………」


 タイトル画面に戻る。これまでシルエットだったヒロインたちがこちらを向き、背景も明るいものになっていた。


 これで完全クリア――


「思ってた以上に、考えさせられるゲームだった……」


 そしていろんな知識を得た……。私はもうすっかりこの界隈の人間である。別の作品とかやってみたい気持ちもないでもない。その時は――


「もう日が昇る時間なんだけど」


「それくらいの価値はあった」


 イズミも最後のエピソードは気になったのか、ベッドから動かないままだったがゲームは覗いていたようだった。私が振り向くと素知らぬ顔をしていたが、画面の端に反射していた。


 ……ゲームは終わった。夜もじきに明ける――


「イズミ……このあと、どうする?」


「寝る」


「帰らんの?」


「……帰れって?」


「ううん」


 ……ただ、いちおう言っておくと、そこは私のベッドだ。



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