BackLoop 人生周回中

人生

1 失敗したらまたやり直せばいい




 ついにその日がやってきた。


【アナウンサー】「本日の一位はおとめ座のアナタ! 気になる人と急接近しちゃうかも? ラッキーアイテムは『トラ柄のマフラー』!」


 、私はトラ柄のマフラーなんていうちょっと見た目のキツい代物を用意していたのだ。


 ちなみに、私はやぎ座である。そちらのラッキーアイテムを持ってみたのだが、特に幸運に恵まれることはなかった。


 これはひっかけなのだ。


 私が私のラッキーアイテムを所持していても仕方がない。持っていても死ぬ時は死ぬ。重要なのは、気になる相手のラッキーアイテムを持っておくということなのだ。


 そうすれば――たとえば曲がり角で彼女とぶつかった時、彼女は私が首に巻いたマフラーに気付くだろう。相手が占いを信じるタイプなら、そんなアイテムを身に着けた私の存在に運命を感じるはずだ――


 そして、恋に発展する。


 ……今回でそこまでうまくいかずとも、そういう偶然フラグの積み重ねによって人は他人を意識するようになるのだ。


 教師と生徒という関係は恋愛には不向きだが、逆に一度燃え上がれば手を付けられないような情熱を生み出すことだろう……。


 その炎がなければ、私のこの「彼女と結ばれなければ何がなんでも死ぬ病」を癒すことは出来ない。


 鏡を前に身だしなみを整える。黒のスーツにトラ柄マフラー。些か奇抜な格好だが、ともあれ。私は家を出ることにした。


 ……彼女が現れる通学路は把握している。これはランダム性のあるものではない。毎朝の習慣だ。学校という目的地が同じである以上、その道中に出くわすことにはなんら不自然さはないだろう。

 私もまたこれまでと同じ選択肢を選んでいけば、当然のように彼女と遭遇するはずだ――


「……おや?」


 ふと、私の脳裏によぎる――【背後を振り返る】という選択肢。


 やはりラッキーアイテムが正解だったか、と私が喜び勇んで後ろを向くと、


 ――グサリ。


咲間さくまルイ】「……え?」


冷柳ひややぎレイ】「お兄ちゃん先生が、悪いんですよ……」


 見下ろすと、白いシャツに赤い色が滲んでいく。それはすぐにスーツの黒と見分けがつかなくなった。


 目の前が真っ暗になった。




   /




「……は? 死んだ?」


「二股なんかかけるから」


「なんでレイちゃん……あんなに仲良くしてたのに! カワイイ妹が出来たと思ったのに……!」


 私は目の前の出来事が信じられず、しばらくタイトル画面を見つめたまま放心してしまった。


 そんな私に、後ろから呆れたような声がかかる。


「妹に手を出した挙句、今度はその友達にまで手を出そうとするんだから、まあ刺されるくらい当然の流れっていうか」


「前の周回の話だろ! ……えぇ、なんでだよぉ……じゃあどうすればいいってわけぇ? ラッキーアイテム仕事しろよ!」


「刺された傷はもう癒えたんだ?」


「……さすがにもう慣れたわ。むしろ感心してるくらい。よくもまあ、あの手この手で、いろんな殺し方してくるもんだよ……。妹に刺されるなんて……。いや、私は私が傷つくことはいいんだ。死ぬことなんて、誰とも仲良くなれずにエンディングを迎えるあの寂しさに比べれば……。それに、私を刺したあの子の気持ちを考えると、心が苦しいね……」


 はあ、とため息をついて気分を切り替えてから、私は再びテレビの画面に向き直る。


 そこには『Back Loop』というタイトルと、二人の少女の後ろ姿のシルエット――都市と思しき陰影が背景に見える。はじめから、つづきから、コンフィグ、アルバムの四択から、私は『つづきから』を選んでセーブデータのロード画面を吟味する。


 現在、私は二人の少女ヒロインを攻略した。残る一人をどうにかしたいのだが、これがなかなかうまくいかない。その少女だって、乗り越えるべき壁の一つでしかないのに……。


「ラッキーアイテムって考えは当たり。振り向かずに進んでたら、少なくともあの場で死ぬことはなかった。自分のラッキーアイテムも装備してたらあの日は死なずにやり過ごせたのにね」


 ひとのベッドに寝転がっている友人Bが、手にしたスマホから顔を上げないまま言う。


「前の時はなかった選択肢が出たから、キタコレって思ったのに……」


「あれはおとめ座のラッキーアイテムを持ってた上で、義理の妹ルートを攻略した後に出てくるブラフ。ラッキーアイテム持ってても刺されたから、無視するのが正解」


「なんでなん……なんでミナコちゃんルートに行こうとしたら、こんなに死ぬの私……?」


「占い信じる子でしょ、ミナコ。彼女は自分が呪われていて、周りの人を不幸にするかもしれないって思いこんでるから――」


「ネタバレやめぃ……!」


 振り返ってにらみを利かすと、友人Bことイズミはあくびしながら、


「もう、やめたら?」


「ここまで来たら見つけるまでやるわ」


「……別に、今日でクリアする必要なくない?」


「…………」


 私は黙ってゲームを再開する。


 嫌なら帰れば? 別に付き合わなくてもいいけど? ――と言わないあたり、私もまあまあズルい。

 とはいえ、ゲームを始めてかれこれ数時間、外はすっかり真っ暗だ。帰る機会ならいくらでもあったのに、残っている方にも責任がある。


 どうして私たちがこんな微妙に気まずい空気のなか――受験を控えた女子高生二人が勉強もせず、明らかに男性向けな(一人称は「私」だが、主人公も男である)恋愛シミュレーションアドベンチャーを攻略しようとしているのかというと――


 先日亡くなった私の幼馴染み、友人Aの遺言だから、である。


 ……葬式やらなんやかんやを終えた遺族から、一通の手紙と、ゲーム一式を渡されたのがつい昨日のこと。手紙には、このゲームの『隠しヒロイン』を攻略しなければ、死んでも死にきれない。幽霊になって化けて出てくるかも――そんな冗談めいたメッセージ。私の代わりに攻略してほしい……という、私への遺言だった。


 正直、なんだそれ、という感じだったのだが、私は友人Bを自宅に呼び出し、二人でゲームを始めたのである。


 友人Bを呼び出したのは、こいつも一緒にと手紙に書かれていたから。


 イズミは最近予備校に通っているため、呼び出すのは正直気が引けたけど、遺言だからと伝えるとあっちも承知してくれた。半信半疑だったが。


「それにしても、なんで恋愛ゲーム?」


 友人Aはいわゆるオタクなのだが、好みのジャンルは『BL』……ボーイズラブとか男性アイドルとかそういうところだ。そんな彼女が男性向けの恋愛ゲームを、というのは不思議な話で、まあ話題には事欠かなかった。


 いったい何を考えてたんだろう、あいつ、と久々にイズミとちゃんと言葉を交わした。葬式のときに顔を合わせはしたけど、イズミと話すのはずいぶん久しぶりのことのように感じたものである。


「タイトルの頭が『BL』になるからじゃない?」


「間違えて買っちゃったってこと? バカじゃん」


 などと、死者を笑ったりなどした。おかげで割とすぐに打ち解けることが出来たように思う。


 間違えて買って、放置して、それが死に際になって思い出されて――それで私たちにゲームを攻略するようにという遺言を残したのだろうか。その謎は、ゲームを起動するとすぐに明らかとなった。


 試しにセーブデータを読み込んでみると、主人公の名前が『咲間ルイ』……私の名前になっていたのである。


 ……くっだらねぇ……、というのが素直な感想。それから少し、泣きそうになった。あいつがやりそうな悪戯だったから。


 どうやらプレイヤー、主人公である男性教師の名前は自由に設定できるようだ。ひとの名前で何やってんだと思えば、一つだけ残されていたセーブデータは始めたて、プロローグの最初の一文が表示された状態のもので、プレイされた形跡は見当たらなかった。恐らくは、私たちに一からこのゲームをプレイさせようという魂胆なのだろう。


 名前を変えて最初から始める手もあったが、まあここは友人の悪戯に乗っかってやろうと思い、私はゲームを進めたのだが――


 ゲームはテキストとキャラクターの立ち絵が表示され、時折現れる選択肢を選びながら進める、ビジュアルノベルと呼ばれるジャンルのものだ。


 世の中には広く知れ渡っているもののようだが、私たちは完全な初見。まったくの未知の世界で勝手が分からず、なんだかよく分からないままにいわゆる『友人エンド』というものを何度か迎えてしまった。


 誰とも親しくなれず、卒業していくヒロインを見守る私――なんというかこう、とても寂しい想いを繰り返した。浅く広いかかわりしか持たないと、大人になったら忘れられるような、そういう存在になってしまうのだ……。自分の名前が使われているぶん、主人公への共感もひとしおである。そういう嫌がらせがヤツの目的か……。


 きっと私一人では心が折れていたことだろう。それを見越して友人Aはイズミを同席させたのかもしれない。


 お手上げな私の横で、イズミはスマホでこのゲームについて検索し始めたのである。調べれば大抵のことが分かる時代なのは私も承知の上だが、まさかこういうゲームの攻略法まで出てくるとは思いもしなかった。


 そこからは水を得た魚のごとく、ネットの海から得た情報で私は瞬く間に――いやまあちゃんとテキストを読み、進めていたので、それなりの時間がかかったのだが――二人のヒロインを攻略し、現在、三人目に挑んでいる、という訳である。



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