#3:解決編・雪駄屋貴雄

 目が覚めると、夕方を過ぎていた。

 カーテンを外から照らす太陽光の色と傾きでそれと気づく。

 昨日からの熱も下がり、体も軽くなった。もう起きてもいいだろう。

「…………」

 それでも、ベッドからなかなか起き上がれなかった。タオルケットを体に巻き付けて、ごろごろと時間が過ぎるのを待つ。このままもうしばらく、引きこもっていたい。

 意味のないことだと、分かってはいるけど。

「起きるか」

 ようやく、体を起こした。

 事件解決から二日後のことだった。

 あのあと。

 鹿谷天馬を官憲に引き渡してすべてを終わらせた後、帰っていつものように寝たら、翌日には熱を出していた。どうやら、病院で風邪でも貰ったらしい。伏は「気に病まなくていいよ」としきりに言ったが、心当たりはない。

 今回の件について、僕に責任は何もない。やらかしたのは誘拐犯、殺人犯、そしてどっかの馬鹿がひとりだ。轍さくらの両親の死すら、可能な限りの対策を打った上での悲劇なのでどうしようもない。

 それに? 探偵というのは? 犯人が凶行をすべて終わらせてからでないと活躍できないものだし? 金田一耕助の時代から相場が決まっているものに、新参ぺーぺーの僕では抗えないに決まっている。

 ……………………………………………………まあ。

 僕の反抗期が、家族という概念への嫌悪感がさくらの両親を守る行動を阻害していた可能性は、なきにしもあらず、なのだけど。

 本腰を入れづらかった。両親を守るという行為そのものへの、どことない嫌悪感と抵抗感があった。

 それだけだ。

 僕に責任があるとすれば。

 本当にそれだけだから。

「…………」

 体は起こしたが、まだ立ち上がれない。

「ココちゃん、起きてる?」

「…………ああ」

 扉がノックされる。入ってきたのは、伏だった。今日は『チャーチグリム』の定休日なので出勤する理由はないはずだ。

「喉渇いてない? お腹は空いた?」

「多少は。まだ本調子じゃない。胃痙攣まで起こしたのは久しぶりだったからな」

「真夜中に突然吐いちゃったってみゃーさん心配してたよ」

「あの人に心配されたらおしまいだな」

 伏が持ってきてくれたアイスティーに口をつける。空調の乾いた空気で乾燥していた喉を潤す。

「そういえば、お店に不喫先生が来てるよ。警察がフレデリカって人の事情聴取を終えたらしくて、その報告に」

「じゃあ店の方に行くか」

 そう言ったのに、相変わらず足は動いてくれない。

「……ココちゃん?」

「そこのやつ、取ってくれ」

 アイスティーのグラスを引き渡し、代わりに机の上に置いてあったリストバンドを受け取る。

 黒いリストバンド。

 僕の夢の欠片。

「…………行こう」

 リストバンドを左の手首に身につけると、自然と、足は動いて立ち上がれた。

 寝巻に着ていたのはTシャツとハーフパンツだ。別にはしたない格好でもないのだが、いかんせん鹿谷天馬を相手にした時の感覚が抜けていなくて、椅子に引っかけてあったジャージを取って羽織ってから部屋を出た。

 僕が居候しているのは、正確には『チャーチグリム』ではなくその裏にある屋敷だ。『チャーチグリム』の店主であるマスターと、一部の従業員が住処として使っているのを僕も利用していた。屋敷から店までは一本の渡り廊下で繋がっていて、外に出る必要はない。その代わり渡り廊下に空調なんてあるわけがないので、この夏は蒸し風呂みたいになってしまうのだが。

 サウナのような渡り廊下を潜り抜けて店に入る。

 『チャーチグリム』は英国王室に仕えた過去もあるというガチガチの本格メイドであるマスターが営む喫茶店だ。そのため、従業員である僕らメイドの教育もかなり厳格。その分給金は弾んでくれるが、金目当てでバイトに志願した連中はことごとく全滅。伏はどういうわけか続いている。

 普段なら正装であるメイド服も着ずに店には出ないのだが、定休日まで厳格にするほど四角四面の人ではない。終日を主人に仕えるメイドの範たる人がマスターなので、むしろメリハリを大事にする。ゆえに僕や伏が私服で店を闊歩すること自体も、さして問題ではない。

 そう考えると営業時間中に自分の安酒持ち込んでる不喫先生あいつはなんなんだ。マスターも普通に容認してるしどういう処世術があったらそうなる。僕の住処を提供してもらっているという都合からすれば、むしろ下手に出るべきだろ先生は。

「やあ。元気になったようで安心したよ」

 その不喫先生はみゃーさんと一杯やっていた。みゃーさんは一児の母でシングルマザーとして居候している元地下アイドルだ。いい加減な性格だが仕事はきっちりこなす。特に接客は評判だ。その代わりいい加減な性格は全部育児の結果として息子の瓦礫くんに向かう。どうかと思う。

 その瓦礫くんは……いないようだ。居候メンバーのくせに餌をもらって居着いたノラ猫みたいにどこにいるんだか分からないやつなので気にしない。

 カウンター席でよろしくやっている大人組から少し遠巻きに、紅茶を飲んでいる女子高生がひとりいた。やたら活発そうなベリーショートだが、病的なほど色白な肌と立てかけた日傘が生粋のインドアであることを物語っている。しかしフレデリカといい、髪の短い女によく会う事件だったんだな。鹿谷天馬が醜態をさらした理由のひとつが、あの髪型にフェチズムを抱いていたからとかは……ないか。あれはロリコンだし。

「やあ、高校生探偵タカオくん。いやタカオちゃん?」

「お互い、面倒を負う羽目になったとお悔やみ申し上げようか? 頭脳髄のお嬢様」

 面識はないが、登場人物一覧を消去法で埋めれば、彼女が頭脳髄読子その人だろう。問題の一端を担う人間だが、彼女に非があるかは怪しいところだ。

「もー。見透かしたように喋る喧嘩腰の人がふたりになると怖いからっ!」

 伏が僕たちの間に割って入る。

「ほら座って。今飲み物と軽食準備するから」

「そんならあたしがするから伏ちゃんは鷹桜ちゃんの面倒見ておいて」

 みゃーさんが立ち上がる。

「事件の話でしょ? あたしは今回まったく事情知らないし」

「ありがとうみゃーさん」

「ジンジャーハニーティーと、キュウリのサンドウィッチでいいかな」

 カウンターの裏手にある厨房にみゃーさんが消えていく。

「あらためて、今回は面倒をかけたね」

 店内が事件関係者だけになったところで、頭脳髄読子が口を開く。

「まったく恥ずかしい話だ。私がもう少しきちんと仲介していればこんなことにはならなかったんだが」

「謝るのか。意外だな」

「ちょっとココちゃん! 相手先輩!」

 そういえば三年生だと不喫先生が言っていたな。

「僕は敬意を払うべき相手にしか敬語は使わない。頭脳髄読子は保留対象だ」

「え、それってアオイには敬意を払うべきって評価なのかい?」

「なにか問題が?」

「いや? 意外……でもないか。アオイはできる男だからね。だがフルネーム呼びは面倒だ。素直に呼び捨てでいいよ」

「じゃあ読子」

「もう少し逡巡があってくれてもいいんじゃないかな」

 だったら呼び捨てを最初から許容するな。

「謝罪から入るのは意外だったが、別にお前の性格を疑ったわけじゃない。ただ今回の事件は、責任を取らないやつがちらほらいるからな。警戒していたんだ。その点は、むしろ僕が露悪的にお前を見ていたことを謝罪した方がいい」

「いいさ。無責任だったのは間違いない。天馬くんから話を聞いた時点で、さくらちゃんを誘拐していたという可能性に思い至って然るべきだった。毒殺事件というのも、聞き覚えがないわけだ。真っ赤な嘘だったんだから」

「その時点で真相が分かるなら、探偵はいらないからね」

 不喫先生がため息をつく。

「僕もいろいろ不注意だったな。天馬くんが予定通り来ていない、来たという報告を受けなかった時点で行き違いが起きたと気づくべきだった」

「それを言うならわたしもだよー……」

 伏もうなだれる。

「天馬くんと何度も会ってるのにさ。なーんでココちゃんじゃない別の探偵に相談してたんだって気づかなったんだろう」

 なんか反省会みたいになってきたな。

「各々にまったく責任がないわけではないのだろうが、考え過ぎるな」

 僕がこれを言う役に回るとは。

「今回の事態を一番ややこしくしたのは雪駄屋貴雄という麗人学院の生徒だ。僕たち全員が、あいつの存在を認識してなかったんだ。どうにもならない」

「そうだよあいつなんなんだよ!」

 読子が勢いこんで怒りをぶつける。

「そもそも君と同じ名前の人間がいるなんて思わないだろう?」

「いや……それに関しては実際ややこしいからな……」

 僕の名前がタカオなんて女性のものと分かりづらい読み方なのが不幸だ。漢字に直せば鷹桜とまあまあそれっぽくなるんだが……。

「カッコよくていいよね。読みづらいけど」

「伏も大概だぞ」

 飼い犬に手籠めにされた疑惑で自刃したお姫様の名前を付けるのもだいぶいかれてるからな。不喫先生は言うまでもないし。この場にまともな名前を持っているのが読子しかいない。その読子だって頭脳髄だ。どうなってる。

「タカオとだけ聞けば、男の探偵だと思うのはやむを得ない。これに関しては鹿谷天馬も悪くはない。まさか僕と同じ名前のやつがいて、そいつが高校生探偵を騙るなんて分かるわけないからな」

「それだよねっ! なんで貴雄くん――雪駄屋くんは高校生探偵なんて名乗ったんだろうね」

「さてな。馬鹿の考えることは分からん」

 いい加減、愚痴もその辺にして。

「それで? フレデリカの事情聴取の結果はどうだったんですか先生」

「ああ。そういえばそうだった」

 不喫先生は飲んでいた安酒のグラスを置く。忘れていたのか。

「事情聴取?」

 伏は首を傾げた。

「もう全部判明してるでしょ? 何かこれ以上知りたいことある?」

「動機だ」

 鹿谷天馬は轍さくらを誘拐した。ロリコンの動機など想像するだけ寒気がするので考えたくもない。

 雪駄屋貴雄は身分を詐称した。あまりに理解が及ばな過ぎて動機がどうとかそんな話ではないので置いておく。

 誘拐犯と詐称犯はいいとして、殺人犯としてのフレデリカが何を考えていたのかは押さえておくべきだ。

「レシピの盗用が動機だと、彼女は話していた」

 それは、さくらの両親の話と一致する。

「自分のレシピを盗まれたと。それを訴えると、料理人の彼女をウェイトレスの立場において冷遇したと。さくらさんの御両親は盗用を否定したようだが、『レオーネ』で警察が聴取したところによると、他の料理人がその事実を認めた」

「認めた、ということは……」

「盗用は事実だ。その経緯も他の料理人が把握しているから間違いないらしい」

 レシピの盗用。料理人からすれば許しがたい侮辱だろう。

 それこそ、殺してやりたくなるくらいに。

「ただでさえ盗用と立場を利用したパワハラだ。加えてそのレシピはフレデリカさんの家族が残したものだったらしい。彼女にとっての家庭の味。怒りを抑えきれなくなって殺害に及んだ理由もそこにある」

「そういえば家庭料理だと、言っていましたね」

 さくらの両親はそれを理由にレシピの盗用を否定しようとしたが、むしろその事実こそが逆鱗だったわけだ。

「あとひとつ。フレデリカさんが気にしていたことなんだが」

 不喫先生が付け加える。

「さくらさんは彼女を警戒していたようだった。現に天馬くんの話だと、彼女はさくらさんの父親と愛人関係にあったという理解だったらしい。その点、訂正してほしいと言っていたよ」

「別に最初から鹿谷天馬の言葉を信じちゃいないですけどね」

 作り話にあった「パパが浮気していた」という部分は、フレデリカの存在を考慮した嘘だろう。おそらくさくらの両親が、フレデリカが彼らを非難する理由を娘にそう説明したのだ。「フレデリカはさくらの父親と愛人関係にあったという妄想を抱えている」とか。

 まさか「フレデリカのレシピを盗用したのがバレて追及されています」なんて娘には言えないからな。愛人云々よりは、レシピの盗用の方が小学生のさくらにも理解しやすくなってしまう。誤魔化すなら大人の関係を持ち出した方が楽だ。

 その結果、さくらはフレデリカが鹿谷天馬の家に来ても素直に助けを求められなかった。フレデリカ自身も、口裏を合わせしばらく彼女を誘拐犯の家に留め置き、その隙に両親を害する予定だったわけだが……。案外、ストレートに助けを求めていれば結末は変わっていたかもしれない。

 復讐心にとらわれるということは、人間的だということだ。女児を誘拐しておいてその事実を忘れて架空の事件を探偵する馬鹿や、自分を高校生探偵だと偽る支離滅裂なヌケサクに比べればよほど人間的だ。つまり、情に流されさくらを助けていたかもしれない……いや、これは妄想かな。

「ま、殺人犯の話はしても仕方ない! いや私としてはこの事件の犯人たちの中で、ようやく理解の及ぶ人間が見つかってホッとすらしているがね。殺人の罪は彼女だけのものだ。私たちが詮議することじゃないだろう」

 読子が明るくその場を取り持った。

「いずれにせよ、今回は我々全員が災難だった。せっかくの夏休みに時間を使った挙句の果てに後味の悪い結末だ。しかし落ち込んでいるのも建設的ではない。今回の件を受けて反省し、対策として――――」

 と、話が進んだところで。

 店の扉が開く。

 マスターか瓦礫くんでも戻ってきたかと思ったが、違う。

 見知らぬ男子高校生だ。

 麗人学院の制服を着た、伏や読子と同年代くらいの男。

 それすなわち。

「今日は定休日だ。帰れ」

「あれ、そうなのかい?」

 この男こそ、問題の雪駄屋貴雄である。

 どこにでもいそうな姿をしている男だった。ライトノベルの主人公をイラストレーターに発注すれば百人中八十人までもがこういう風に描く。そんな外見。裏返せばどこまでも普通で、肩ひじ張らず、威圧感もなく、同年代の男子に紛れ込める人間。

 だがそれは、こいつが凡庸な男であることを意味しない。少なくとも、鹿谷天馬と一緒に馬鹿話をするようなタイプではない。

 理知的。

 理性的。

 そういう風に見えるの人間。

 およそ凡庸な自分の上から、理性的な人間としてのブランディングでコーティングしたような男子高校生。本質を覆い隠す隠れ蓑としての秀才仕草。

 ああ、そういうことか。

 こいつのことが分からなかった。何がどうなって高校生探偵を騙ったのか。しかし、一目見てすぐ分かる。

 こいつのすべては見抜いた。

 その程度の中身しかない。

「騙ったわけじゃなかったんだな」

「え?」

「なるほど。麗人学院にこういうタイプがいたのか。落ちたものだね」

 僕の言いたいことは、読子には伝わったらしい。不喫先生は――教師だからか肯定も否定もしない。伏はよく分かっていないようだが、普通は分からなくていい。

「この店に個々森鷹桜という子がいると聞いたんだが」

「僕がそれだ。これでもお前とは同学年だからな。次、年下のように扱ったら許さないぞ」

「実際年下のように見えるけど?」

「お前とは人生の密度が違う」

 最初から、会話をする気などなかった。鹿谷天馬と同じ、あるいは似て非なる、言葉の通じない人間。単純な能力不足が主原因であるだけ、鹿谷天馬の方がまだマシだ。

「事件のことは聞いたよ。轍さくらさんの御両親は不幸だったね」

 誰のせいだよ。雪駄屋貴雄は厚顔無恥にもぬけぬけとそう言った。そこに一切の、嫌味や自嘲はない。

「しかし

「……」

「君がかき回したために死者まで出た。事件は遊びじゃない。いくら飛び級しても小学生には分からないだろうけどね」

 言葉が続く。

「……何を言ってるの?」

 伏が疑問を口にした。本当に何を言っているのか、たぶん分からないだろう。まあ僕にも分からないんだが。

 分かるのはこいつが、責任転嫁で喋っているわけじゃないってことだ。

 こいつは芯から、僕に問題の責任があると思っている。

 自分が身分を騙ったことは棚に上げている。いや棚上げすらしていない。そんな事実はこいつの中には存在しないのだから。

「今日はそのことを忠告に来たんだ」

「じゃあ僕の方からも忠告しておこう」

 こういう相手に、まともな会話は成立しない。

「僕はお前の能力をもう見切ったぞ」

「ほう?」

「鹿谷天馬からお前の推理は聞いている。第一、架空の事件の解決を依頼されて気づかない時点で探偵としては終わっている。ちょっと検索すれば毒殺事件が存在しないことには気づけたはずだ」

「僕は探偵だと自分で名乗ったことはない。あくまで生徒会の相談役だからね」

 こう返すだろうな、と思った。

 こいつに言い訳や弁明は存在しない。

 普通、僕の言葉に返すなら架空の事件に気づかなかった理由が出てくるはずだ。サッカー部の応援が忙しくて調べる暇がなかったとか、事件性なしと警察が判断した過去の地方の事件だから検索に引っかからなかったとか。こいつにはそれがない。

 弁明はない。弁明するべき非がないからだ。

「さくらの誘拐も聞いた時点でそれと判断できたはずだ。それになんだあの推理は。プラスチック製のグラスがポイント? 具体的にどうポイントなのか思いついてから喋れよ。なんで肝心のトリックが鹿谷天馬に丸投げなんだ」

「架空の事件のトリックなんて、考えるだけ無駄だろう? 君はそんなことも分からないのか?」

 その事件が架空だという事実にこそ気づいていなかったのは誰なんだろうな。対話がねじ曲がって、いつの間にか僕の方が架空の事件に振り回されているかのようになっている。

 こいつはおぎゃあと生まれてから今日まで、こうやって過ごしてきたんだろう。そのことがよく分かる。

「僕は忙しいんだ。君のような素人を相手にする暇はない」

「なら帰れ。忠告はしたぞ。その事実だけ覚えておけ」

 雪駄屋貴雄は訳が分からないという素振りで肩をすくめ、それから店を後にした。

「いらっしゃ……あれ帰るの?」

 みゃーさんがカウンターから顔を出す。

「塩撒いとけ塩」

「もったいないよ。殺虫剤でいい?」

「ありったけ」

「じゃあ掃除のついでに撒いておくね」

 サンドウィッチと紅茶が置かれる。無性にイライラしたので空腹をさっきよりも感じていた。

「なんだいあれは?」

 読子がため息をつく。

「たまにいるんだよ」

 さすがに年の功か、不喫先生は動揺がない。

「自分の非が存在しない人間ってのがね。非を認めないんじゃない。そもそも非を認識できないんだ。自分に非難が降りかかりそうになると途端にそれを認識できなくなって、するっと話をすり替える。わざとやっているんじゃなくて、そういう精神構造で生まれついているんだ」

「僕のゴミ兄貴のひとりがまったく同じタイプですよ。余裕ぶった態度から喋り方までそっくり同じだ。なんなら兄貴が偽名で麗人学院にいたのかと疑うレベルです」

「ああ、そういえば似てるね。あの手合いは相手をするだけ時間の無駄だ」

 とはいえ、いつか処理をしなければならないだろう。相対し、その息の根を止めることが僕の高校生探偵としての、今回の事件に対する責任の取り方だ。

 本来、あんなのは相手取る価値もない。だが、その価値がない相手でも放置してはいけないというのが今のご時世の鉄則だ。ネオナチに始まり陰謀論者の群れまで、そうやって取るに足らない存在と思っていたために跳梁跋扈を招いた。その価値判断自体は正しくとも、対処としては間違いというのはある。

 とはいえ、見ての通りあの手の馬鹿は当人を叩いてもどうしようもない。非を認識できないのでは反省もないし、過ちを認めさせることもできない。そして今回の件で鹿谷天馬を矢面に立たせて自分は安楽椅子探偵を気取ったように、自分がリスクと責任を負う場所に出ることもない。これもまた、そう計算して動いているのではなく自然とそうなる生物なのだ。

 それこそ封殺するにはこの上ない面倒が待っている。

 でもきちんと処理はする。人がふたり死んでいるんだ。ひとりですら地球より重い命がふたり。その罪を認識することすらなくのうのうとさせることなど、絶対に許さない。

「それで? 対策がどうのという話だったはずだが」

「ああ。それなんだが。きっと君の力になれるよ」

 読子は得意げに語る。

「ひとえに今回の事件の反省は、君の存在があまり明確になっていなかったことだ。高校生探偵個々森鷹桜の顔と名前を私が把握していなかった。これは純粋に私のミスだが、同様の危険がまだ潜んでいる」

「潜んでいる?」

「超学交流会だよ」

 ……ああ。

 超学交流会。

 横浜市埠頭区を中心とする学校同士の交流を目的とした課外活動グループ。その活動拠点が脳髄書館だったな。

「あの男、生徒会の相談役だという話じゃないか。すると面倒だ。麗人学院の生徒会は超学交流会に出入りしている。つまり、外部の生徒が君に相談事をしようとしたとき、超学交流会を仲介人にすると今回みたいに横からあのたわけがかすめ取りかねない」

「じゃあどうする?」

「なんてことはない。君こそが高校生探偵だと、きちんと超学交流会にアナウンスすればいいだけだ。こんな簡単な報連相で問題は解決する」

 うまく行くといいがな。

 超学交流会、あまりいい噂は聞かないぞ。なにせ横浜の名門学校の社交界だ。厄介この上ないに決まっている。

 とはいえ、他に手はない。そしてなにより脳髄書館の運営者一族、交流会に場所を貸している読子の後ろ盾があるなら、やりようはある。

「ならそれでいこう。高校生探偵、個々森鷹桜の存在を公にする」

 これが、本当の始まりだった。

 僕があの日、サッカーボールを蹴るだけの子どもを止めた瞬間でもなく。

 飛び級で麗人学院の門をたたいた時でもなく。

 今この瞬間こそ。

 僕の探偵としての人生は始まった。

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偽王子事件:高校生探偵タカオの初陣 紅藍 @akaai5555

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