5.おしまい

 目覚めたら、自分の家だった。

 夢だったのかな、と思う。しかし身体は軽い。まるで狐に化かされたみたいに。

 掌に残る柔らかさを噛みしめて、スーツに着替える。

 不可思議現象があったとて、生活は続く。

 いつものように職場に行けば、ハラスメント千手観音の部長が待ち受けている。


「田村くん! 今日も仕事が盛り沢山だよ!」

「あ、部長これ退職届です」

「あばばばば」


 という一幕はありつつ、夜には自宅に帰る。


「お待ちしておりましたよー」

「はえ?」


 扉を開けた先は、自分の家ではなかった。昨日行ったはずの、マッサージ店。

 そして、狐耳の美女が一人。


「嫁入りしに来ましたー」

「入りとかじゃなくて私が神隠しに遭ってるんだけど?」

「そうともいいますねー。現代ではマヨイガ、といえば通りがよいでしょうかー」

「なんですそれ」

「わからないならそれで構いませんのでー」


 とりあえず、田村から言いたいことがひとつ。


「それなら会社から直通でいいんですよ! 通勤ってめっっっっっちゃ疲れるので!」

「順応が早いですねー」

「この世から通勤という言葉が無くなるならなんでも些末なことなんですよ」

「切実ですねー」


 さて、振り返っても扉はない。

 先日と同じシチュエーション。

 所持金は69円。給料日は来週月曜日。


「今日も沢山癒して差し上げますねー」

「望むところですけど、その、お代はいかほどで……」

「そうですね、今ならこの家族割がお得でしょうか。10割引となりますー」

「ヨシ! それで!」

「ちゃんと契約内容を確認してから決めた方がいいですよー」

「仕事帰りで疲れた人間はIQが5くらいしかないんですよ!」

「カモですねえ。では、お代は貴方様の残りの人生ということで」

「えっ、それは流石にすさまじい暴利。出るとこ出たら勝てそう」

「冗談ですよー。それに、ここから出られると思いますかー?」

「えっ」

「冗談ですよ、冗談……今はまだ」


 うふふと笑う彼女に、流石の田村アホも少し恐れる気持ちは……


(でもまあ、いっかあ!)


 なかった。

 狐耳も尻尾もマヨイガ何某も些細なことだ。

 大っきい胸のえっちなお姉さんが、自分の為に無料でマッサージしてくれる。それ以上に望むことは、田村にはなかった。


「では今日もマッサージよろしくお願いします! 今回は寝ませんから! 頑張って耐えるので!」

「全身麻酔で起きていようとする人みたいですねー」


 このあとめちゃくちゃ寝た。


「ところで、どうしてこんなに良くしてくれるので?」

「私が封印されていた石を壊して頂いたご恩返しですー」

「封印……って、もしかしてお姉さん、めちゃくちゃ悪い狐ですか?」

「はい、そうですよー」

「そっかー……まあ、別に問題ないかー」

「そうですよー」


 既にめちゃくちゃ籠絡されていた。

 あと、最終的に田村は押し倒されて美味しく頂かれた。

 お相手には狐の耳と尻尾はあるけど、それも彼女には些末なことだろう。

 めでたし、めでたし。

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OLと狐耳 ~おもてなしを受けないと出られない部屋~ 大宮コウ @hane007

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