最終話

「え、朝倉さん、なんで……」

「蒼人! 今日はお客さん来るって連絡したのに!」

「やべ、見てなかった……」


 玄関にいたのは美波の幼馴染の白井さんと、美波のお兄さんだった。

 この場が凍りついてしまったのは、ふたりが唇を重ねていたからだ。


「いや……。お願い朝倉さん、このことは内緒にして! 男女で、しかも人気者の蒼人となんて……みんなに知られたら私もう学校行けない!」

「茜、落ち着けって……」


 一番動揺していたのは白井さんで、私に泣き叫ぶような声で懇願していた。それを吉原先輩が抱き寄せ宥めている。

 そうだった、この世界では男女の付き合いは少数派。肩身の狭い思いをするんだった。


「あの、私、誰にも言いません。なんなら何も見てないし何も知らない。だから安心して、白井さん?」

「あ、朝倉さん……っ」


 階段を降りて白井さんに返事をすると、彼女は大粒の涙を流しながら「ありがとう」と繰り返した。

 私は吉原先輩と軽く挨拶をして「話しながら送らせてほしい」という美波と家を出た。


「莉花、驚かせてごめんね?」

「ううん、私は平気。帰ったらふたりにも安心してねって伝えてね」

「ありがとう。あのふたり……昔から両思いで、去年やっと付き合い始めたんだ」

「そうだったんだ」


 私は静かに彼らのことを話す美波を見ながら、彼女が今まで噂になりつつも白井さんと別行動を取らなかったのは想い合うふたりを守るためだったんだと理解した。そして、あのふたりが運命の恋人で、私が世界を変えてしまったがために苦しんでいることも。


「着いた。ここが私の家なんだ」

「今度遊びに行ってもいい?」

「もちろん。送ってくれてありがとう」

「ありがと」


 私の家に着いた頃、夕日はだいぶ傾いてきていた。

 手を振ろうとする美波の腕を掴み、私は彼女の懐に飛び込んだ。


「ねえ美波、大好きだよ」

「わ、私も! 莉花のこと大好き!」

「嬉しいな。気をつけて帰ってね」

「うん、また明日ね!」


 私は美波の普段みたいな大人びた笑顔ではなく、年相応な少女のはにかむような笑顔をしっかりと目に焼き付けた。


 そして夜。

 引き出しからしまっておいた魔法陣の紙を取り出し、願いを込めて呪文を唱える。


「ユリユリ・アザラシ! 神よ、今宵私の願いを叶えたまえっ!」


 今度はオーダーミスにならないよう、魔法陣はしまわずベッドに潜り込んだ。


「あららら〜。莉花ちゃん、明日でお試し期間は終わりだっていうのにどうしたのかな?」

「元の世界に戻してください」

「え? 本当にいいの? 元の世界に戻すなら、あなた以外の人は記憶が最初に呪文を唱えたところまで戻っちゃうよ〜?」


 神様は首どころか体を横に折り曲げて私を見ていた。

 私は自分のせいで苦しんでいる誰かを無視して、自分だけ幸せになるなんてできない。

 今日の告白も、今までの楽しかった、幸福な時間全てがなかったことになったとしても。


「お願いします。元に戻してください」

「了解。あなたいい子ね、莉花ちゃん」


 神様はそう言うと、眉を下げて寂しそうな笑顔を向け、消えていった。


 朝目覚めると、急いで支度を済ませ、出来る限り早く登校した。

 しばらくすると友人の柚月がやってきて、外には吉原さん一行が現れた。


「あ〜あ、吉原さんってかっこいいけど女だもんな〜。残念すぎる〜」


 戻ってる。

 私は柚月のセリフで世界が元に戻ったことを確認し、胸を撫で下ろした。

 

「あの、吉原さん!」

「朝倉さんだ」


 昼休みになって、私は柚月と更衣室へ向かう。

 通りがかった三組の教室前。私は自分から彼女に声をかけにいった。


「ちょっと、莉花! 吉原さんと知り合いなの?」

「あ、うん。昨日本を拾って貰って……。吉原さん、昨日は本当にありがとう」


 今度こそちゃんとお礼を言って、彼女との関係をまた始めればいい。

 たとえ叶わなくとも、後悔だけはしないように。


「どういたしまして。莉花ちゃん」

「吉原さん、お礼に今度よかったら……」


 私の恋が再び叶うのは、また一ヶ月後の話。


おわり



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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ユリユリ・アザラシ!〜恋の呪文で世界をGL界に変えた私の片思い奮闘記〜 松浦どれみ @doremi-m

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