クイズをするなら変人の方が良いと思う
珊瑚水瀬
ここはどこどこどこどこどこどん
扉を開けたらそこは異世界だった。
正確にはまるで異世界だった。
会話に入ろうにも私は周りの人の言葉が一切理解できなかった。というか私は人間だったのか?
まさかこんなことになるとは—ー。
私は高校生の東もも。今日から府内有数の進学校へ晴れて進学することになったウキウキワクワクの女の子。今までずっと陸上部で短距離の選手だった私は鞍替えも鞍替え、なんとクイズ研究会に所属しようと意気込んでいた。
きっかけはテレビで見た高校生クイズ。知力と体力の限界に挑むのって高校生だからできることじゃない?陸上よりも面白そう!
そしてここの学校はなんといってもクイズが強いことで有名だった。
先輩が怖かったらどうしよう、厳しい人がいたらどうしようとバクバクする胸を抑えて私は今、部室の扉の前に立っている。
ここから私の挑戦が始まるんだ。そう思うと必然と身が引き締まった。
「こんにちは!」
体育会系の時に鍛えたおなかから出す声の大きさとともにガラガラっと思いっきり扉を開けた。
急に教室の温度が零下になった気がして春なのに底冷えする寒さが私を襲った。
驚いたように目を見張る人らが4人ほどいる。
誰かが迎えに来て説明でもしてくれるのかと思いきや、私が見た途端、ばっっと一斉に目を伏せられ、少しでも視線をやると侵略者だとでも言わんばかりに露骨に目を逸らされる。
――えっ、私何かいけないことした?
私は自分がしてしまったことが何かわからず、ただそこに突っ立っているしかなかった。
もしかして、挨拶の声小さすぎた?そんなことないと思う。
あ、それともこのスカートの長さ校則違反だったから?そんなの女子の先輩じゃあるまいし、わざわざ注意するために無視するわけでもないだろう。あ、前髪?髪の毛ぐちゃぐちゃだったか?ふと気になり、ポケットに入っている手鏡で前髪を確認するが、ゴミが付いているわけでもない。
まさかこんな展開になるとは。想像だにしてない結果に私自身どうしたら良いかわからなかった。
そしてそこからが地獄だった。私は誰からも話かけられず、ただ彼らの動向を見守るというか、眺めていることしかできなかった。
そして彼らは、先ほどのことなど何事もなかったかのように勝手に会話を始めた。
なんか侵略者来たけど、襲ってこなかったわくらいの感覚で。
「加藤先生の課題あれ難しかったなあ」
「それシュミレーション仮説なw」
「最近言語作ろうと思って。参考探してるんだけどフランス語ってバカが作ったと思う」
彼らのしている会話に参加するには事前の知識が必要なものばかりだ。
ツッコミも正直意味が分からない。
しかも、もじゃもじゃ頭でがっしりしている先輩は、相手が話しているのにも関わらず、勝手に応用物理とでかでか書かれた分厚い本を机に出したかと思うと、一人で勝手に本を読み始めた。と思えば、紙と鉛筆取り出して勝手に計算始めた。
え何?あなたガリレ○オ?湯川先生?
何ここ?みなさんニホンジンダッタノ?えワタシシラナイクニキタ?
ふとあたりに影が出来たかと思うと扉近くでガラガラと音がした。
「おーす」
「かっきょん!」
かっきょんと謎のあだ名がついた人物が、堂々と教室へと大きな足音を立てて入ってくる。の割には背はひょろっとして細長いごぼうみたく足はコンパスの針のように長くて細い。顔はと言えば、主張の少ない銀縁メガネのはずなのに、彼の顔全体を表現するなら、きっと銀縁のあいつになるだろう顔。
「そういえば、今日――、あっ、観念論って言えば」
「「「「アルキメデスの点」」」」
なんだよその完全合致の回答、宗教?怖っ。
そして、ぎ、銀縁のあいつ今目合いましたよねえ
一瞬だけなんか動いた?とばかりに私に着目し、ふいっと目線を逸らして何もなかったかのように過ごす。
というかこの教室の隅に人間が突っ立っているのにまるで初めからそこにいた置物のごとく誰も触れようとしない。
あれ私もしかして置物だった?
これまで生きてきた人生全てシュミレーションで、この教室に入ったとたん胡蝶の夢の様に実はこれまでのことは夢で私は置物の人生でした。end で完結するのか?
いや、インド神話に出てくるナーラダという男だったのか。指パッチンで「お前の今まで人生は一分の出来事だったのだ。本当は置物だったのだ」とヴィシュヌ神がいよいよ登場するのか?
と思考をめぐらしながら、目の前の男たちが繰り広げる華麗なる談義の風景と化す。
ふと、ツンツンと何かが身体の上を何かが這った気がした。
全身がぞわぞわして思わず、うわっと除けるとそこに丸い何かがいた。
いつの間にか教室はいっていたみたいだ。
気が付かなかった……。丸くて小さくて、例えるなら、えっと、ミルクチョコボールのような優し気な男の人が私の横に呆然と突っ立っていた。
「すみません、驚かせてしまいましたか」
置物の私を人間に至らしめてくれた頭を掻くミルク君は、それだけで抱きしめたいほどの愛おしさを感じた。
「い、いえ、ヴィシュヌ神かなって」
彼は何を言っているんだろうと少し首をかしげて、数秒経った後ポンと手をたたいた。
「ああ、もしかしてナーラダの変身ですか」
そこで伝わるのも怖いなと心の中で身震いしつつ、ミルクボーイに頷き賛同する。
「ここは、マイナーな研究をしている場所でめったに人来ないんですよ。もしかして見学ですか?」
ペコッと頭を下げて、私をあの固まって動こうともしなかった群れへと連れていく。
ミルク君は何者なのだろうかと疑いつつも、いや何者であったとしてもこのご恩は忘れないぜ。拙者義理と人情に厚い日本男児!ではないか。女児なんだからよ。
「あの、新入部員だそうです」
「よ、よりしくおねがいします」
噛んだ。恥ずかしさも相まって、深々とお辞儀をしてしまった。
静かに静まり返るその場に私は余計にいたたまれなくなり、顔を上げるのがすごく長くなってしまった。
「あ、よろしく」
微かに歓迎モード?でもないが、なんだ、人だったんだという安堵感か、ピリピリした緊張したムードに私と言う存在を初めて認識してもらえる絶妙な距離感。
何なんだこの人たち、頭が良い人は皆こうなのか。
今まで体育会系できた私には、こういうとき、お前噛んでるやん。何してんねん!優しい突込みや笑いの少しも漏れ出たものだのだが、そのような優しいお兄ちゃんはもうここには存在せず、異質の民が我が領土へ遊びに来た初めての事態のごとくじろじろと見まわされ、やっとこれは……人?という認識をしてもらうみたいだ。
えっ、こういう時なんて返事するのが正解なの?
元気すぎても引かれ、かといって暗すぎてもそれでよいのかわからない。
この民たちと仲良くなるにはどうしたら良いのか。
「じゃあ、これ」
急に渡されたのは、クイズのボタンだった。
えっ、自己紹介もなく今からクイズ始まるの!?
私の新大陸漂流生活一日目にゴングが鳴り響いた。
クイズをするなら変人の方が良いと思う 珊瑚水瀬 @sheme
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