第46話 眠れない夜のワクワクとドキドキ

 ルヴィニさんとグラナートさんが新たに神印持ちになったと知らされた夜。

 ベッドに横たわった私はぼんやりと天井を見上げていた。

 お披露目式が無事に終わった安堵感よりも、今は何とも形容しがたい感情のせいで目が冴えている。

 ゲートの膝でぐっすりお昼寝したせいもある。

 眠気が来ないと自然と考え事は捗る。

 今後は神印持ちが五人となり、ルヴィニさんとグラナートさんも神殿へ移り住むことになっていて、既に引っ越しの準備も済んでいるそうだ。

 明日になったら、早速ここへ越してくる。

 二人の部屋は私やゲート、サフィの部屋があるこの「月下美人の棟」の一階になる。

 因みにディアは今後も王宮から神殿へ通うらしい。

 お披露目式が終わり、改めて神印持ちであることが国内外へ広く知られることになったけれど

「まだ婚約者じゃないからね。それに僕がユウのためにできる仕事は王宮にある。だからまだ「その時」ではないよ」

 とのこと。

 自らした宣言を固く守る決心は揺らいでいない様子。

 ルヴィニさんとグラナートさんが神殿へ引っ越すことも、ディアは快く承諾していた。

 それはサフィとゲートも同様で、五人の中では色々既に納得済みの様だった。

 夕食時にシンケールス様から告げられた今回の件に関して、二人が神殿に引っ越すタイミングも、神子付きの料理人や仕立て屋として仕事をすることも…その他にも色々、いつの間に相談したのか分からないけれど、互いの同意は取れているらしい。

 そうそう、夕食の時にいくつか初めて知ったこともあった。

 一つ目はこの世界で当たり前となっている「序列」について。

 「一妻多夫制」をとるこの世界では、夫となる男性たちは「序列」に従って順に権利を行使する。

 この「序列」は婚約者候補になった時から存在し、結婚する頃には確定となって、神殿に届け出ることで法的効力が発生する正式なものとして認められるのだとか。

 基準となる容姿・能力・家柄・財力・職業などを総合して決められるけれど、最も重視されるのは女性との関係性。

 つまり女性から愛されている順がそのまま男性たちの序列に反映される。

 だからこそ世間一般的には基準とされるステータスが高ければ高い程良いとされているものの、女性の「鶴の一声」で序列が変わることも多々あるそう。

 神印持ちに関してもこの「序列」は存在し、大体は世間一般と同様に順番が決定される。

 現在の序列は神印を授かった順になっていて、先に授かった三人が第一位、次に授かった二人が第二位になっている。

 あくまでも便宜上の序列だから、まだ正式なものではない。

 いずれ婚約者となり、夫となる頃に改めて決めることになる。

 ただ、神子の場合は神印によって夫候補が決められていて、自分の意思や家長の思惑によって婚約者が選出されるのとは事情が異なる。

 私は肯定的に「神様のお墨付き」と受け止めたけれど、悪く言えば「神様に強制されている(=コントロールされている)」と受け止めることも出来る。

 もちろん私の意思で誰かを好きになって、その人に神印が浮かぶこともあり得る。

 でもそれは「月光神様に認められれば」という条件付き。

 神子の夫になるためには、神印が必須になのだ。

 自由に見えても実際は月光神様の思惑の中にある。

 私としては、ある日突然「神子の夫候補よ」と月光神様に決められてしまうのは、断ることが許されない絶対的な強制力が働くようで嫌じゃないのかな?と不安にも似た心配をしてしまうのだけど、神印持ちとなった彼等からしてみれば

「自分が夫候補で本当にいいのだろうか?神子は自分を夫候補として受け入れてくれるのだろうか?」

 と心配になったのだという。

 それはルヴィニさんとグラナートさんも同様だったらしい。

 だからこそ「自分の意思が必要だ」と告げてくれたのだ。

 神印は自らも望んだことだ、と。


 つまり私たちは互いに同じ心配をしていたわけで。

 ある意味両想いなのね、と何だか妙な納得とともにひとまず安堵した…というのが今なのだけれど。

 この世界に来てからおよそ一カ月。

 お披露目式が終わった事と今回のことで、いよいよ本当に「神子の役割」が現実的なものとして迫ってきた。

 まずは明日、満月の下で祈りを捧げて「生命の水」を作る。

 この世界では月がほぼ真ん丸に見える数日間は「満月」とみなして、神子は夜に祈りを捧げる。

 それが神殿で定められている神子のお祈り期間なんだけど、私の場合は満月でなくとも祈りが届くことが分かっているので、上弦の月と呼ばれる半月から満月までの七日間と、満月から下弦の月までの七日間の計二週間はお祈りを捧げる予定になっている。

 本来のお祈り期間からすると約五倍の日数。

 これは夕食の時に私からシンケールス様に提案させてもらった。

 当然みんな揃って

「そんなに頑張らなくても…」

 と言いたそうだったけど、これは私がどうしても頑張りたいこととして決定してもらった。

 ユエイリアンの発展や存続には絶対に今後の出生率がカギになるからだ。

 男女の比率を少しでも安定させるためには、速やかに「生命の水」を多くの女性に行き渡らせることが先決。

 そして出来れば男性にも「生命の水」を飲んでもらいたい。

 ディアのお兄様たちの話を聞いた私が、ずっと頭の片隅で考えていたことだ。

 更に「生命の水」は外交にも役立てることが出来ると思っている。

 ただしこれは切り札的な存在として。

 各国が喉から手が出るほど欲している「生命の水」は、本来簡単に国外に渡されるものではない。

 一応どの国でも神殿にて神官たちが祈りを捧げることでそれ自体は作られているものの、その効果は「無いよりはマシ」とか「気休め程度」で、神子が作り出すものとは全く質が異なる。

 ところがこれまでの神子たちは祈りを捧げられる状態でなかった者が多く、高クオリティの「生命の水」はそもそも神子が降りた国であっても広く国民に届けることは出来なかった。

 だからこそ、今日のお披露目式で私が作り出した「生命の水」は、他国からすればいくら金塊を積んでもいいほどの国宝扱いとなっている。

 王宮には既に、今後神子が「生命の水」を作った際には例え一滴でもいいから分けてもらえないか、との申し出が山のように届いていることからも明らかだ。

 まさか私が作り出した雫にそれほどの価値が生まれるとは、自分でもびっくりだ。

 その上現在では「生命の水」に次いで「花酒」に期待が集まっている。

 今の所、王宮でのお披露目式で作られたあの瓶の中身が「花酒」だと知っているのは、私たち以外には神殿でもシンケールス様の信頼を得ている数人の神官と国王夫妻に限定されている。

 神殿に飾られている花酒も、ほとんどの神官は「神子が咲かせた尊い月下美人を保存しているもの」という認識で、まさか飲用にできるとは思っていない。

 あれを飲用として発表するのは、その効果が明らかとなってある程度の量を作れるようになってからだ。

 今後は花びらのおひたしも作る予定だし、流通可能なものが出来上がれば少しずつ現状を改善できるはず。

 グラナートさんの知恵を借りれば他にも月下美人を使った料理が作れるかもしれない。

 そう言った品々がユエイリアンの、ひいてはディアの助けになれば…。

 私が考え付く程度の事は多分ディアやシンケールス様たちにも考え付いていると思う。

 それに頭の中で思い描くほど簡単に扱えるものではないだろうし、それが本当に誰かのためになるのか、それとも爆弾に成り得てしまうのか…それは私には判断できない。

 でもきっとディアなら上手く利用してくれると信じている。


 私に出来るのはあれこれ考えて、少しでも多くの人に役立つものを見つけ出すこと。

 そのために欠かせない月下美人の鉢植えを増やす必要がある。

 明日からお祈りの時に「生命の水」を作ると同時に、鉢植えの成長を促すのも試してみよう。

 考えるとあれもこれもやってみよう、と頭の中に浮かんできてワクワクしてしまう。

 すっかり覚醒した私に睡魔はやってきそうにない。

 寝返りをうって再びとりとめもなく考え事をしていると、不意に

「今夜は眠れそうにない、か?」

 落ち着いたゲートの声が心地よく響く。

 彼はソファで身体を起こし、私のベッドサイドへ歩み寄る。

 それからベッドの空いている所へ腰を下ろして、横を向いていた私の肩口辺りに手を置いた。

 トントン、と子供をあやすように優しくリズムを刻む。

 微かな重みが温かくて気持ちいい。

「やってみたいことがたくさんあるの。明日から少しずつ試していくつもり」

「分かった。くれぐれも無理をしない範囲でな」

「うん。ゲート、明日って少しだけ外に出られる?」

「バルコニーなら可能だと思うが…どこに行きたいんだ?」

 ゲートは簡単に禁止や否定はしない。

 穏やかな口調のまま、私の希望は出来る限り叶えたいと思ってくれている。

「月下美人の温室に行きたいんだけど、大丈夫かな?」

「そうだな…ユウの安全が確保できれば可能のはずだ。シンケールス様とフリソス団長に相談してみよう」

「ふふ、ありがとう」

「まずはゆっくり休んで、体力を回復してからだ」

 私をあやす手は止めないまま、ゲートは苦笑する。

「ゲートも。私は大丈夫だからもう休んで?」

 お昼寝をした私と違ってゲートはずっと起きていたのだから、既に二十時間近く起きていることになる。

 私の夜更かしに付き合わせるのはしのびない。

 けれどゲートは変わらぬ様子で今度は私の頭を撫でて

「俺ならユウのおかげで回復している。心配いらない」

 そう言って目を細める。

 私のおかげって…?

 視線で問いかけると、彼は少しだけ目を閉じて考える仕草をした。

 逡巡して、意を決したように息を吐く。

「ユウの手料理には加護が宿る。治癒効果が付与されているんだ」

「え…?」

「ボレアンであやふやなままになっていたが、これは事実だ。ユウの想いが料理に反映される。ただ、作った本人には何故か効果が出ない。恐らくユウはいつも食べる相手の事を想って料理をするだろう?そのためだと俺たちは考えている」

 まさか私の作ったものに加護が、それも治癒効果があったなんて。

 予想もしていなかった事実に私は固まる。

「大丈夫だ。気付いているのは俺たち五人とシンケールス様だけで、他は誰も知らない。しばらくの間、これは俺たちだけの秘密にしておく。ユウは気兼ねなく料理を楽しんでいい」

 私の考えを先回りして、ゲートは言う。

「マールスパイの時も今日の会食の時も、食べた人間は皆体力も十分で健やかな状態だったから、一度食べたことでユウの手料理のおかげで体力が回復したと気付く者はいないはずだ。それに普段ユウの手料理を食べられるのは限られた者たちだけ。騒ぎになることはない」

 それはそうだけど。

 問題はそれだけじゃない。

 ゲートが言うように、料理中は食べてくれる人のことを思い浮かべながら作業をしている。

 喜んでくれたらいいなと思いながら、みんなの笑顔や健やかな様子を思い浮かべている。

 ささやかな願いも月光神様が聞き届けて加護を与えてくれているなら、それはとても嬉しいし良いことだけど…。

 万が一、邪な考えを持つ人が私の手料理を口にしてしまったら。

 何が起こるか分からないけれど、その人にとって良くないことが起こるのは確かだ。

 そう考え至って背筋に悪寒が走る。

 思い浮かべたのは、サスペンスドラマで毒を盛られた被害者が「うっ」と唸り、自分の首や胸を押さえながら吐血して倒れるシーン。

 あれに似た場面が起こり得たかもしれない。

 何も知らされていない人たちがそんな場面に遭遇したら、料理を提供した人物に嫌疑がかけられて冤罪が生まれていた可能性もある。

 あ、あぶなかった…!!

「ユウ?」

 突然表情を強張らせて固まった私を心配してゲートが顔を覗き込む。

 呑気にワクワクしていた私はすぐさま考えを改めることになる。

「明日すぐにシンケールス様に相談しなきゃ…!!」

 私は先ほどまでとは打って変わって、嫌な動悸のせいで眠れない夜を過ごすことになるのだった。







 続く

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愛され神子の素敵な異世界ライフ 柚木エレ @yayoi1984

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