第6話 漂う寂しさ
だから私は、もっとショーと距離を縮めたい。繋がっていたい。だけど、そう思うほどに、時間は刻一刻と過ぎていく。何もしなければ、この夢のような体験は、もう2度と訪れないかもしれない。
〈ショーさん……。次はいつ、お話しできますか?〉
〈う~ん。明日の夜はどうかな?〉
〈明日ですか〉
喜ぶべき提案なのは確かだった。でも明日は、大学に提出するレポートを終わらせなければならない。
〈難しいです。明後日締切の課題があるので〉
〈それなら明後日の夜は?〉
私は予定を確認した。特に用事は入ってないため、断る理由がない。
〈大丈夫です。明後日、それまで楽しみにしてますね〉
〈ありがとう。その時になったら、またPCをハッキングさせてもらうから〉
〈はい。おやすみなさい、ショーさん〉
〈おやすみ、ユイ〉
ショーの囁くような声が聞こえた気がした。きっと、気のせいなのは分かっている。それでも、今日の体験がいつまでも頭から離れず、上手く寝付けない。それはパソコンを閉じても、部屋の電気を消しても同じだった。心のバグなのだろうか。それとも初恋の魔法に魅せられたからなのか。ハッキングされ、動かなくなった端末のように、私の頭の中はエラーを引き起こしたままだった。
「結、どうしたの?そんな顔して」
その日の昼過ぎ、ボーっとしながら授業の準備をしていると、よく知った声が頭の上から聞こえてきた。私の女友達、愛生だ。
「夢みたいな出来事に昨日遭遇して、よく眠れなかった」
「何があったの?」
「結婚のプロポーズされた」
私が耳打ちすると、愛生は急に驚いたような表情を浮かべて、思案顔になり、そしてなぜか神妙な顔つきに変化した。
「ねぇ、結。まさかとは思うけどさ、詐欺じゃないんだよね?」
「そんなことないよ。それだったら、わざわざ面倒な事しないはずだし」
「面倒なこと?それって何?」
「ハッキングだよ」
「つまり、PCを乗っ取られて求婚されたってこと?」
愛生からの問いに私はコクンと頷いた。正直、怪訝な気持ちで愛生に受け止められても仕方がないと思う。だって現実味がない、まるでファンタジーみたいな恋だから。だけどその主人公は間違いなく私なんだ。
「うん。でも、もうハッキングは解除されてるから」
「そっか。一時的なハッキングっていうのもホント珍しいね」
私はその時、何も返せなかった。思考がフリーズしてしまったせいだろう。
「何かあったら言いなよ?これでも心配してるんだし」
「ありがとう。愛生は最高の友達だね」
「そ、そうかな?だと良いけど」
愛生は独り言のように言いつつ、視線を教壇の方に向けた。見れば、白髪交じりの教授が1人ポツンと立っている。それだけで、他には何もない。なのに、教授からは孤独感と、それ以上の悲哀を感じられてしまう。辛くないのだろうか。寂しくはないのだろうか。そんな感情は、授業が始まった瞬間、上書きされたかのようにどこかへ消えてしまっていた。
「ただいま」
それは帰宅時の何気ない習慣。ただ、私の声に応える人はいない。だって、ここは実家なんかじゃない、私だけの場所だから。だけど時々、なんとなく思ってしまう。誰かが私の傍に居てくれたら良いのに、と。
でもそんな理由で、みんなを私の都合に付き合わせるのはどうなのか。それがあって、この部屋に愛生を含む友達を呼んだことが無い。とはいえ、いつかは呼んでみたい。そのきっかけとなる一歩を踏み出すために。勇気を持つために。私は少しずつでも変わらなきゃいけないと思う。
そして、ショーと早く話したいという気持ちが、胸の内に淡く積もっていくのを感じた。
ハッカーからの贈り物 刻堂元記 @wolfstandard
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