第2話 いちごあめ

 同じクラスになって半年が過ぎて、はじめて高橋さんという存在が私の意識にあがっている。それくらい今まで何の意識もしていなかった。たぶん、高橋さんにとっての私もそう。

 高橋さんのこと、明るいとか話しやすそうとか、勉強できる人とか、そのくらいのイメージでしか知らない。

 だから、帰り道はお互いぽつぽつと質問して答える。血液型は?何の授業が好き・嫌い?あれおいしいよねとか。歩調を気にして、いつもよりゆっくりした歩みで

駅まで向かう。

 ゆっくり歩いていたはずなのに、いつもよりあっという間に時間が感じられて、最寄りの駅についてしまう。駅からはお互い逆方面の電車で、駅に入って高橋さんと別れた。

 緊張はしていたはずなのに、道中会話で途切れた間も自然と不安にならなかった。電車に乗ってさっきの帰り道を反芻すると、少し心がふわっとした気がした。


 

 はっきり言えば、昨日の放課後を過ごしただけで、高橋さんはクラスで一番気になる人になってしまった。

 彼女の昨日の行動は、私からしてみれば不思議で好奇心から観察したくなった。たぶんそう。私が窓の外を眺めているのを見てたり、他人の席に座ってノートを見せてなんて、いきなり親しくもないのに言ってしまう彼女に。


 登校して教室の入り口で、自然と視線は、高橋さんの席に向く。窓際でクラスの女子2人と話をしている。

 昨日の私たちとと同じように時折高橋さんは笑って話をしている。席の分け合って半分ずつで座っているのが三角さん。もう一人の近藤さんは高橋さんの席の横にいる。今まで、仲の良い3人組という一まとめで私の中には存在していてた。

私の中で今日は、高橋さんと2人に変わってしまっている。

 教室に入ってきた、私に気づいてニコッと高橋さんは軽く手を振ってくれた。私もそれに倣って、小さく手を振って自席に向かった。

 席に着いて顔をあげると三角さんと近藤さんも「ん?」という表情でこちらを見ていて会釈したので、軽く会釈でかえす。何を話しているかはわからない、なんとなく2人がどう思ったのかが気になった。

  

 高橋さんの席は後ろから2列目窓際、私の席は廊下側同じく後ろから2列目。つまり同じ列の端と端。

授業中横を向いてもあんまり見えない。時々前かがみにノートをとる高橋さんが目に入る。それだけ。

 休憩時間もいつも通りすぎる。

少しだけ声をかけてみようかなんて考えていたが、三角さんと近藤さんと楽しそうに話しているところに入っていくのは場違いになりそうでやめておくことにした。



「諒葉!お弁当食べよう。」

 お昼時間になって、弥生真里菜がお弁当箱を持って私の席に来る。

 高校に入って初めに隣の席になった真里菜と私は気が合って、それ以来大体は真里菜と一緒にいる。

「今日どこで食べる?」

 真里菜に聞かれる。その日の気分で、私の席か真里菜の席か、他の空き教室に行って食べたり外に行って食べたりする。

「真里菜の席で食べようよ。」

「いいよ。」

 カバンからお弁当を出して、真里菜の席に移動する。

真里菜の席が、窓際なのですでにお弁当を広げている高橋さんグループが見える。

 あまり意識を向けないよう気を付けていたつもりだったが、ついチラ見して

「話し聞いてる?」と真里菜に言われた。

 自分でもハッとして、それからは真里菜の話に集中した。



 放課後の教室、今日おつかいを頼まれていたので、のんびりせず帰り支度をしている。

 真里菜は早々に部活に行ってしまった。

 さっさと私も帰ろうとしていたら、それより早く私の後ろを三角さんと近藤さんが通って廊下に出ていく。高橋さんもそのあとに続いて、後ろの扉から出ていくだろうと扉の方に意識が向いてしまう。

 ふと気が付くと意識していたのとは反対側、私の横に高橋さんはいて振り向いた私の頬っぺたを人差し指でさして、

「見てたね?」と言ってニコッと笑う。

 ビックリしすぎて、心臓に悪い。

そして、高橋さんはほっぺたをさしていた手のを開いた。

「はい、あげる。」開いた手にのっていたのは、いちご飴で、

 飴と高橋さんの顔を交互に見た後に、

「ありがとう。」と言って受け取る。

「じゃあね。」といって、そのまま高橋さんは、三角さんと近藤さんの後を追って教室を出て行った。

 2回くらいしか目が合った記憶はないが、偶然目が合っただけで気にしないだろうと思ったのは無理だったらしい。

 恥ずかしくなって、両手で顔を覆う。

 高橋さんたちが行ってしまうまで昇降口に向かうのはやめようと思う。しかたなく、いつもより早く帰ろうと用意していた手を止めて椅子に座り直した。


 十分な時間を空けて私も学校を出た。

 今は駅に着いてまだ電車を待っている。ここに来るまで、まだいたらどうしようなんてキョロキョロ不審人物のようになっていたが…。

 ポケットに手を入れて、高橋さんからもらった飴を取り出す。正直に言えば、好んで自分から飴を食べない。けれど、もらった飴はなんだか別物でうれしい。それは、貰ったのが高橋さんだからとかじゃない。ただの飴でいてちょっと特別な飴なのだ。

 高橋さんからもらった飴を口に入れ舌の上で転がす、左へ右へ。高橋さんにっとって、昨日から今日に至る私の立ち位置はどのへんだろう。飴をくれるくらいには意識に居たりする?でも、今日私と目があったりしなければ、彼女は気にもしなかったのだろうか。高橋さんの意識に自分も少しくらいいればいい。彼女のクラスメイトの一人から友達になれたらななんて、そう思っているだけ。

 今日一日の接点はこの飴1つだったのに、今日一日高橋さんのことを考えて、この後も考えてしまう気がする。

「昨日、一緒に帰っただけじゃん…」

 そうたぶん、高橋さんからすれば、たまたまそこにいて流れで一緒に帰っただけで。飴だって、ただ気に留まってくれただけだ。たぶん誰にだってそうだ。私に興味を持って近づいて来てくれる人なんていたことない。だから変な意識をするのは、見当はずれ。思いながら、もう少しだけ高橋さんを知りたいな、近づきたいななんて考えてしまっている。ぐるぐる考えて、なんか気持ち悪いな自分。

 基本ネガティブなところがひょっこり頭を出しかけて、ダメダメと頭を振る。

 明日は、私から話しかける!うん!

 いちごの香料が鼻に抜けて、口の中がずっと甘い。甘すぎるっていうのに、飴が小さくなって無くなっていくのが寂しいと思っている。帰りのおつかいで、いちご飴が買い物リストに追加されたなんて高橋さんは考えもしないだろう。

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