少しだけ近づきたい
@mizu888
第1話 始まりの放課後
高校2年生もそろそろ秋に差し掛かっている。
佐山
徐々に静かになっていく教室と、入れ違いに外の音が耳に入ってくるようになる。窓の外から、にぎやかな声が響いてくる。
この時間が、なんとなく好きだなと思う。休みの日の昼寝時間に、遠くの公園かどこかから声が風に乗って流れてくるような。
少しの間、窓の外をぼーっと眺めて、そろそろ帰ろうかと思う。
窓際から振り返ると一人の生徒が私の席に座っている。
こちらに視線を向けているクラスメイト高橋紗季さんだ…。
ほぼ接点がないと言っていい人物がなぜ私の席に座っているんだろう。
「高橋さんそこ私の席だけど…」
「うん。」
席を立つ気配もなく、そう一言だけ高橋さんは返した。私は、状況を飲み込めず窓際から離れて自席まで戻る。
こちらの困惑は届いていないのか、高橋さんは、机の上にまとめておいて置いていた私の教科書とノートの方を指さして、
「現国ノート見てもいい?」と言った。
「いいけど…」
今日の授業の所が見たくて、座ってたのかな?もっと親しい人に見せてもらえば良かったのに…。
高橋さんは、教科書とノートの山から現国ノートを引っ張り出してページをめくっている。
「佐山さんの字って、きれいな字だね。」
「いや、そんなにきれいじゃないでしょ。」
否定で返してしまったが、素直にありがとうでよかっただろ。一瞬後に思ったけれどタイミングを失って、小さく「あ…」と言おうとした言葉は自分の耳にかすかに届いただけで、消えた。
褒められてうれしいが、さっさと帰ればよかったと内心思ってしまう。うまく会話のキャッチボールができそうにない。
突然、ふふっと高橋さんが笑う。
え、私の「あ…」に気づかれた???と思ったが、
高橋さんは、ノートの端を指さして
「これ知ってる!〇〇のキャラクターでしょ」と言った。
指さした先にあったのは、私の落書きした地方マスコット。落書きを見られた恥ずかしさより、その地方マスコット知っているという事実にうれしくなって
「そう〇〇っていうの!かわいいでしょ。」
と今日一の声を出して、高橋さんに1歩近づいてしまっていた。
高橋さんは、一瞬驚いてから笑顔になって、私のことを見た。
「佐山さんがそんなテンション上がったの初めてみたかも。」
「え、ごめん、つい…」
恥ずかしい。
「いや、そこ謝るところじゃないよ。むしろそっちのほうがいい。」
そう言って高橋さんはまた笑った。
高橋さんは特に現国の教科に気になることがあるわけではなさそうで、見ていた現国のノートを戻す。
高橋さんが体ごと、横に立っていたこちらに向かって座り直す。
「……」
「……なに?」
高橋さんが、ただ私を無言で見ていて、戸惑う。
少しの間をおいて高橋さんは、
「さっきさ、自分の席に行こうと思ったら、窓際に佐山さんいて…なんとなく、佐山さんが佐山さんの時間を過ごしているの邪魔したくないなと思って。席借りた…。」
ありがとう。そう付け足して高橋さんは、おもむろに立ち上がって近づけなかったという窓横の彼女の席にカバンを取りに行った。
窓の外を眺める自分の行動をずっと見られていたのに恥かしさを覚える。それと同時に頭の中は疑問符でいっぱいだった。なんで?そんなことを思うんだろう。私の時間???
カバンを取りに行った高橋さんが、こちらに戻ってくるまで目で追いながらなんと返していいかと考える。
結局何にも整理のつかない頭で
「なんか、ごめん…話しかけづらかったのかな…」と返した。
「いや違うよ、謝るところじゃないよ…、私が勝手にそうして待ってただけ。」
高橋さんは、また笑って「もう帰るなら一緒に帰ろうよ。」と当たり前のようにさそってくる。
「うん、あ、ごめん。全く用意できてない。」と急いで机の上を片付ける。
「だから、……。ゆっくりでいいよ、急いでないし。」
たぶん、だから謝らなくていいと彼女は、きっと言おうとした。あきらめたのか、あきれられたのか、私の「ごめん」にツッコむのを止めて、彼女はそう言った。
遠巻きに見ていた彼女が、今はじめて自分の中で形を作った。
お互いほとんど接点がなかったのに、高橋さんはいきなり他人と親しくできる人なんだ。そして不思議な人。それがこの放課後に思った高橋さんのこと。
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