ロウソクの火が灯るうちに

神無月

ロウソクの火が灯るうちに

ー始まりはいつだっただろう

おれ、ことシュウライは走っていた

その胸元には今にも消え入りそうな炎

命の終わりを示す爆弾だ

「シュウライ、せっかくの沖縄なのに何でずっと走ってんだ?」

「あいつ、走るの嫌いじゃなかったっけ?」

のんきに手を振ってくるクラスメイトを猛獣の眼光で睨みつける

「怖っ!」

「ストレス、溜まってんな〜」

「お〜い!シュウラーイ!後でアイス奢ってやるから機嫌戻せって!」

笑いかけてくる奴らに目も向けずに全力疾走する

普段ならこんなに走らない

あいつらを無視なんてしない

ー命懸けでさえ、なけりゃな・・・!

海の匂いが鼻をくすぐって、おれはこうなった経緯を思い出した


               *


今日は楽しい修学旅行in沖縄

「え?シュウライくん、海入んの?」

「泳げねえくせにやめとけよ!」

「溺れても助けてやんねーぞ?」

ニヤニヤと馬鹿にしてくるクラスメイトに苛つく

「死ね」

暴言を吐くとクラスメイトは笑いながら逃げていった

「くそっ・・・」

頭をかきながら水中に足をいれる

泳げもしないくせに海に入ったおれは、誰にも気づかれないまま遠くの沖まで流されてしまった

ーおれ、バカだ!やべ、死ぬ・・・!も・・息が・・・

そうしておれの体は海の底に沈んでいった

意識が戻った時には目の前に人影があった

ここは砂浜のようだ

波が寄せては返し、貝殻をさらっていく

ーおれ・・生きてたのか・・・

「助けてくれてありがとうございました」

お礼を言って顔を上げて、おれは固まった

ー人魚だ

太陽光に反射して輝きを増したプラチナブロンドの長髪

サファイアのように透き通った瞳

水の滴るウロコ

海面を叩いている尾ヒレ

「いえ、私、人魚ですから」

「えっ・・・と、おれ、疲れてるのか?」

何度目を擦っても彼女は人魚の姿をしている

「あ、もしかしてコスプレっすか?人魚なんているわけないし」

おれが聞くと一瞬彼女の目が哀しみの色を写した

ーあ・・・・

「まあ、信じられませんよね・・・私は人魚ですよ、君を助けに来ました」

「お助けマンっすか!?」

おれが聞くと彼女は微笑んだ

「君の名前は?」

「・・・シュウライっすけど、助けにって?さっき助けられたんすけど」

「君は死にます」

唐突に言われて言葉を失う

「・・・そりゃ、生きてるもんはみんなそうっすよ」

「怖くないのですか?」

「え・・・まあ、実感ないし」

「・・・・」

お助けマンを名乗る彼女はパチン、と指を鳴らした

次の瞬間、おれの胸元にロウソクが現れた

「え!?な、にこれ・・」

赤い炎がパチパチと音を立てていて、今にも消えそうだ

「君の命です」

「は!?」

おれはロウソクを凝視した

「見ての通り、それは君の残りの命を示している」

「命の残り・・・」

おれのオウム返しに彼女はコクリと頷く

「長生きしたければ、炎を刺激しないことですね。なるべく動かなければ、寿命は伸びます。もしも炎が消えればアウト・・・。あと、水に触れても炎は消えてしまいますね。太陽の光でも浴びれば復活するかもしれませんが・・・」

説明を終えた彼女はゆっくりと視線を上げた

ちょうど、おれと目が合う

「ー君は死にます」

「・・・・・・」

おれは全身から血の気が引いていくのを感じた

彼女の言葉は本当かもしれないとー

おれは本当に死ぬのかもしれないとー

耳が張り裂けそうになるくらい心臓の音が耳障りに聞こえる

「なっ、・・・んで・・・・」

ついさっきまで死に冷めていたおれはみっともないくらい怯えていた

冷静を振る舞おうと口から出てきた言葉はかすれる

ー落ち着け・・・

心でいくら念じても、不安を拭い去ることはできなかった

「安心してください、そのために私が来たんです」

パチンという音がして

彼女の胸の前にロウソクが現れた

その炎はおれのと同じくらい弱々しい

「弱い炎は合わせると強くなります、自分の命の終わりを感じていたとき、海に溺れる君を見つけました」

「え・・・それって・・・」

彼女が何をする気か、おれはすぐに察した

「おれを救って、死ぬ気っすか!?」

「驚くことはないですよ、最後に人を救えて良かった」

微笑む彼女は人間と何も変わらぬように見える

「だ、だめっすよ!死んじゃ!」

こういうときなんて言ったらいいか分からない

おれは紡ぐ言葉を手探りで探していた

「なら、言い方を変えます」

「へ?」

彼女の瞳に正面から射抜かれて、瞬きもできないまま沈黙が続いた

「ー私を殺して」

「なッ!?」

「人間の世界じゃ普通でしょう?子供でもよくつかってるし」

「あ、あれは冗談っていうか、死ぬことを知らないバカどもが使ってるだけすよ!」

否定して、おれは海に入る前自身が放ったことを思い出した

ー死ね

何であんなこと、言ったんだおれ・・・

今日が初めてではない

クラスメイトだってよく言ってるし

死が近づいてきてやっと罪深い言葉だったと気付く

「何で・・・殺せなんて、言うんすか・・」

「死ぬことに理由なんていらないです」

「死なないで、下さい・・」

呆然と、おれは呟いた

「このままでは君が死んでしまいます・・・お願いです」

彼女の表情は真剣そのものだった

死にたくない

死んでほしくない

命を天秤にかけるなんておれにはできない

ー気づいたら

おれは走っていた

いつもなら、疲れるから嫌いってめんどくさがってたけど

死んでたまるか

死なせてたまるか

不思議な原動力が足を動かす

おれのため

彼女のため

どっちでもあってどっちでもない

「待って、ください!どこへ?」

彼女が浅瀬を泳いで追いかけてくる

「ロウソクに刺激を与えたら、本当にっ・・!」

おれは答えなかった

砂が靴の中に入ってくるのも気にせず足を踏み出す

炎が消えないように気をつけながら腕をふるう

ーまだだ・・・もう少し・・・

ちらりと空を見上げる

雲のない晴天だった

「シュウライ、せっかくの沖縄なのに何でずっと走ってんだ?」

「あいつ、走るの嫌いじゃなかったっけ?」

途中、砂浜の奥にクラスメイトが見えた

何も知らない奴らはのんきに手を振ってくる

思わず睨んで通り過ぎる

「怖っ!」

「ストレス、溜まってんなあ〜」

クラスメイトの言葉を聞いてる暇はない

塞ごうとした耳を明るい声が貫いた

「お〜い!シュウラーイ!後でアイス奢ってやるから機嫌戻せって!」

笑ってくる奴らに構わず全力疾走する

ーもう少しだ・・・あと、少し・・・

謝ろうと思った

死ぬかもしれないけど

こんなところで死にたくはない

急に決意が固まった

普段ならこんなに走らない

あいつらを無視なんてしない

ー命懸けでさえ、なけりゃな・・・!

でも後悔はしてない

ーここか!

「シュウライ君!?聞いてますか!?」

彼女の声にハッとする

足を止めた

「え!?なんすか!?」

水しぶきが上がって、彼女が姿を現す

「もう、君のロウソクはー!」

今にも泣きそうな顔で自分のロウソクをおれのロウソクに近づけた

ボウっ!!

か細かった炎が眼前で一気に燃え上がる

良かったとでも言うように彼女は自分のロウソクを離そうとした

ーダメだ!!

ガッ!

おれは彼女の手ごとロウソクを掴むと空に掲げた

2つのロウソクが太陽の光に照らされた

「何をするつもりですか・・!?」

「こうします!」

カッ!

小さな爆発音がした

さっきよりも激しい炎が視界を覆う

そっとロウソクを離す

おれのロウソクは静かに、でもしっかりと燃えていた

「ふう・・」

ほっと息をつく

安心してズルズルとその場に座り込んでしまった

「どういうことですか?何で・・・」

信じられないという顔をする彼女に笑って見せる

「簡単ですよ・・あなたが前に太陽の光でも浴びれば復活するかもしれないって言ったでしょう?だから試したんすよ」

「・・・・・・!」

「あ〜〜!成功して良かった〜!ぶっちゃけ賭けだったんすよ」

おれはう〜んと思い切り伸びをする

「もし失敗したら・・どうするつもりだったんですか?」

「しませんよ、実を言うと確信があったんで」

「え?」

キョトンとする彼女におれは言った

「わざと、でしょ?おれが自分の命とあなたの命、どっちを選ぶか試すために」

「・・・・よく、わかりましたね」

観念したように彼女がため息をつく

「ヒントくれてましたし、でも死のうとしたのは本当ですよね」

「・・・はい、人間・・が怖くて・・・。でも溺れている君を見て助けたいと思った・・変、ですよね」

「変じゃないっすよ、おれは結局どっちの命も選べなかった。自分が死んでまであなたを助けようとは思わなかった。でも2人とも助かった。いいんじゃないすか、運が良かったってことで。・・・生きてください」

おれの訴えかけるような視線から彼女は目をそらした

「何で・・・生きてなんて、言うんですか・・?」

「生きて欲しいことに理由はいらないっすよ」

「!!」

おれの答えに彼女は目を見開いた

「真反対のことで、あなたがおれに言ってくれた通り」

「ありがとうございます」

ペコリと頭を下げて彼女は背を向けた

まるで何かを隠すように・・・

「待って下さい!あなたの名前はなんですか?」

おれが呼びかけると振り向く

「君の、お助けマンですよ」

「いや、名前は?」

「名前はないんです、助けられたのは私のほうだったみたいね」

澄んだ彼女の目が潤んでいるように見えた

「ーさよなら」

静かにその姿が水中へと消えていく

「あ、ありがとうございました!」

慌てて海中に向かって叫んだ

ジリジリと背中を焦がす太陽光がおれには心地よかった


                *


クラスメイトと合流するためおれは砂浜を歩いていた

まずは謝ろう

冗談だとわかっていても、暴言を吐かれて嬉しい奴なんていないのだから

命はー決して軽くはないのだから

いざ、自分の命の終わりが見えて動揺するほどおれは弱い

でも、それでいい

拳を握って足を早めた

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